フォト
無料ブログはココログ
2021年3月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

最近のトラックバック

« ビブラート・2 歴史 | トップページ | シュテュットガルト放響定期演奏会1 »

2008年2月17日 (日)

ビブラート・2・続歴史

ビブラートとは一体どのような物として捉えらえられていたのだろうか?

過去の文献のうち、ある一冊の例外を除けば、下記の定義に集約される。

ビブラートとは装飾音の一つである

この定義はなんとヤシャ・ハイフェッツェの先生・アウアーに至るまで使われているのである。「Violin playing as I teach it」(1920年出版)

そして唯一の例外がジェミニアーニ(1687-1762)の教則本(1731)である。これは無視ができない。なぜならジェミニアーニは稀代の名バイオリニストだったからである。彼はビブラートの多用を推奨している。なぜ彼だけが推奨しているのだろうか?

ここで問題なのは、実はジェミニアーニ推奨のビブラートが一体どういうものであったのかがわからない点である。

ビブラートはその初期の頃からその効用は広く知られていて、下記のような記述もある。

ビブラートには音が暖かくなるという効用がある。しかしこのようなビブラートは、聞き手には知られてはならないもの、つまり、ふり幅を大きくしすぎてビブラートをかけているのがばれてはいけない。

このような前提での推奨もあったのである。

ジェミニアーニの推奨するビブラートが上記のようなものである保障はない。もしかするとはっきりとそれと分かるようなものかもしれない。如何せん証拠がない。

しかしどちらにしてもジェミニアーニは例外中の例外である事は覚えておいて欲しい。

さて、ビブラートが単なる装飾音であるという定義が一般的であったのなら、オーケストラのメンバーがそれを使用しなかったというのはありえる話ではなかろうか。個々の奏者が思い思いの場所に装飾音をいれればカオスにしかならないであろうし、また団体の中の一人だけが使用しても効果的ではないだろう。

しかし勿論、聞き手が気が付きさえしなければ、ビブラートの使用はありえたと言う事も思い出すべきだろう。ノリントン氏のシュテュットガルト放送交響楽団の弦楽奏者の手がビブラートしているのを確認する事はできる。しかし、それはあまりに遅く、またふり幅が小さいため、我々聞き手はビブラートをこの耳で確認する事はできない。

ソロのパッセージを弾く者だけが、聞き手に聞こえるビブラートの使用をゆるされるのである。

オーケストラのビブラート使用に関しては以下のようにまとめられる。

1.ソロパッセージを弾く奏者は任意で使用できた。

2.表現的なビブラートは合奏状態では全体の合意がない限り使用しなかった。

3.個々の奏者が任意で使用する場合は観客に聞こえないように使用した。

個人的には2のようなシチュエーションはありえたと思う。例えばカリスマ指揮者の指示である特定の場所に使うというような感じである。

しかし現代の継続的に使うビブラートの使用はやはり状況証拠的に見て、

                  ありえなかった

もしくは、

              聞こえないように使用した

と断言するべきだろう。

« ビブラート・2 歴史 | トップページ | シュテュットガルト放響定期演奏会1 »

ピリオド情報」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ビブラート・2・続歴史:

« ビブラート・2 歴史 | トップページ | シュテュットガルト放響定期演奏会1 »