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2008年6月14日 (土)

クラシックが博物館に入る日または失われる時

私と、志を伴にしてくれる同士よ、願わくばあなたのもとに私の声が届きますように。

今回のドイツ滞在で理解した事がありました。 それは:

真に文化的の民族を作り上げる環境

ヨーロッパでのコンサートそして展覧会の数の多さには驚くべきものがあります。
一つの町に無数にある教会では毎週最低1回はコンサートがあり、
音楽ホールでは毎日のようにコンサートがあり
さらにオペラがあります。

しかもこれらはすべて低料金で鑑賞することができます。

これはつまり文化を楽しむと言う行為が一般の人々にとって当たり前の行為であり、またそれを実行する

        環境が整っていると言う事です。

東京は演奏会の数は負けていないかもしれません。
しかし料金は高く(3千4千5千円は当たり前)、

距離は遠く(良い演奏家は限られた幾つかのホールにしか来ないですよね)、

時間もぎりぎりで(開演ぎりぎりに滑り込み・ディナーはホールのサンドイッチで済ませる)

つまり、東京で音楽会に通うと言う事は、

金銭的にも時間的にも余裕がなければ、

        本当に"ゆっくり"楽しむ事はできない。

つまり、逆に言うと

          一般の人がライブ音楽に触れるには、
             ある程度の努力を強いられると言う事です。

          
           しかも子供は歓迎されません。

このような状況では子供はコンサートに行くという事が特別の事という理解を持ってしまいます。
これでは文化に触れると言う行為、その行為その物が人生を豊かにするであろう行為を、うざいと思ってもしょうがないのではないでしょうか。しかし彼らは未来の観客なのです。

ではどうすればいいのでしょう?

子供の頃から家族でこういった場所に頻繁に出かけていき楽しむという状況を経験してもらわなければなりません。

そしてそういった状況にならなければ、
    文化的需要の成熟は望めません。

フォル・ジュネルの成功を見れば分るように、人々はそこに行く事が手軽であれば、つまり、時間的にも金銭的にも無理が無ければ

良いものに触れたいという気持ちがあるのです。

良いものに触れたいという気持ちがあるのです。

ではフォルジュネルによって他の演奏団体に人は流れたのでしょうか?のだめブームはクラシック愛好家を増やしたのでしょうか?

            答えはNOです。

なぜならそれは一過性のブームだからです。
なぜならそれは一年に一度のイベントだからです。

イベント、そう、人は一年に一度くらいは、無理をする事ができます。

しかしこれでは観客育成の土壌は育ちません。

そのような土壌は

安く、子供と一緒に、無理なく行ける時間帯と場所、コンサートが頻繁に行われるようでなければなりません。

ほら、あなたの近所にある区民会館、キリスト教の教会、神社・仏閣。

それらの場所で、芸術を日常の糧として子供が育ったのなら、

乗り換えて上野に、渋谷に、初台に、池袋に、川崎に、彩の国にわざわざ行くでしょう。特別なコンサートなら、それも良いでしょう。100人近い人間が演奏する交響楽団の値段が高くても、理解できるでしょうし、それが、ちょっと普通でない状況である事も理解していただけるでしょう。

だから!だから!

私達音楽家は多くの人にそのような音楽の場を提供する努力をするべきです。

このような志をともにしてくれる人よ、集いたもう!

連絡先: daijiro.ukon@gmail.com

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