フォト
無料ブログはココログ
2021年3月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

最近のトラックバック

« シュテュットガルト放響日本ツアー行く前3 | トップページ | 現実は小説より奇なり »

2008年7月21日 (月)

「音楽を考える」

茂木健一郎・江村哲二

2人の対話が永遠と続く。

情報量の多さに反比例するがのごとく、短時間で読める、

つまり、おもしろく、多くの示唆を与えてくれる本。

勿論、賛同しかねる箇所もあれば、もうすでに分っている内容も含む。

気になった箇所を幾つか書いておきたい。


教会という場所は天井の高い、周りが石造りで非常にエコーのかかりやすい環境です。

             ~中略~

単旋律で、A(アー)の高さの音を全員で出しても、そこのおじさんと、あっちのおじさんと、ここのおじさんでは微妙に音の高さがずれるんです。ピタッとピッチ(音程)があうなんてことはありえない。そうすると、そこに唸りが生じて高次倍音がウワアッと出てくる。互いの音の微妙な違いが、教会のようなホールだとノイズではない響きとしてウワーッと響く。日本やチベットの声明と同じ原理です。数学的きちっと構築することによってできた音楽の構造が、教会という特別な空間のなかで響いていることで、より神秘的、祝祭的なイメージと重なり合って、(ヨーロッパ人は)美というものを理解していたんじゃないかなと思います。



古代ギリシャでは美しい音楽の背景には数学的構造があるという事は理解されていました。しかし私は上記のような数学的美と演奏そのものが持つ不完全性(ピッチが合わない)の2つの要素の交わりが演奏空間によって包まれ、
>>より神秘的、祝祭的なイメージと重なり合って、美

となると言う事は考えた事がなかった。そのような反故に存在する緊張感というアイディアは卓抜だ。


現代では、ただ「聴く」という態度自体が欠けていて、

            ~中略~
日常生活のなかで耳を澄ますことはほとんどないでしょう。プロの芸術家は別として、一般の人たちはとても騒がしい日常を送っているんです。


ここでは「聴く」は「聞く」と区別され、前者を能動的な行為と位置づけ、さらに自分の中に存在する音や声に耳を澄ますと言う行為にまで意味を拡げて論じている。

さらに「見る」と「聴く」の違いについて、


目だとある空間的な特定の方向に注意を向けるわけです。見える範囲というのは限度がはっきりしている。それに対して音の最大の特徴は、空間的な限定がないということです。



たしかに音を聞いただけで、音を出している主体の位置を確定するのはなかなかうまくいかない。故に「聴く」と言う行為は全方位的であり、それは内面方向へもアプローチする。
このような考え方は日本語的には理解できる:「心の声を聞く」とかね。ちなみに英語でもListenをこういう場合は使うので、わりとユニバーサルな意識かもしれない。

さらに見ない事によって、想像力が養われる事:本書では原作を読んでから映画をみるとつまらない事が多いのは、見る側(読者)がすでに、読書中に画像を創造しているからと言う。

 
音楽家としては「聴く」と言う行為がこれほど評価されると正直嬉しい。このビジュアルの時代に逆行するかのような発言に彼らの意気を感じる。しかし勿論「聴いていない」演奏家も存在するし、「聴いている」アマチュア音楽家もいるし、また自分の内なる声を聴くという意味では、全ての創造的アーティストが「自分だけの、自分にしか作れない作品」を作るためには当然耳を澄ましているだろう。でなければ芸術に変化は訪れないだろう。ピカソもカンディンスキーもクレーもベルレーヌもタルコフスキーもマラルメも芥川龍之介も太宰治も、、、、みんなそうだ。

芸術家だけではない。

その行為の大切さを常に思い出して生きたい。


「お子様向けクラシック」を排除しよう。

大賛成。つまりある特定の曲をお子様用にしてそればかり演奏する事は問題だ。お子様のために作曲されたわけではないのだから。普通に色々な曲を聴いてもらえばいいのだ。バッハもモーツアルトも無調も何でも良い、まずは聞かせるべきである。10歳の子が絶対にバッハの平均率(無人島に持って行きます)を理解できないという証拠があるのか?

最後に


茂木氏:主流から外れた人のほうがむしろ、ムーブメントを起こす存在なのです。
江村氏:しがらみみたいのものが一切ないことが、僕の立場なのかもしれない。何もかも自分ひとりで切り開いていかなくてはならないという天では大変だけど、新しいまっさらな道がそこに広がっているt思えばこの上ないチャンスです。
茂木氏:表現者だけでなく、一般の人だって、人間として生きていく上で、そういう精神は必ず恩恵をもたらすということです。





あなたも、やってみませんか?

« シュテュットガルト放響日本ツアー行く前3 | トップページ | 現実は小説より奇なり »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「音楽を考える」:

« シュテュットガルト放響日本ツアー行く前3 | トップページ | 現実は小説より奇なり »