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2008年8月11日 (月)

ベートーベンの耳

「本当は聞こえていたベートーヴェンの耳」  江時久著

を読んだ。

もともとベートーヴェンが完全な失聴者ではなく、難聴者であることは

はっきりしていた。

でなければ、ちょっと無理なエピソードが幾つかあるからだ。

しかしやはり人の声が聞こえず、ピアノやオケの音は聞こえる

というのはなんだが不思議な感じがしていた。

しかし、この本を読んでやっと謎がとけた。

あぶみ骨固着による難聴であれば、上記のような症状になるという。

つまり、
     
    人の声が聞きづらく、楽器の音はかなり良く聞こえる

のである。

驚くべきことに、人間は音を耳以外の場所でも聞いているというのである。

つまり、音の振動は耳と頭の骨を伝って頭の中に入っていくのだそうだ。

これはびっくりだ。

思い返してみれば、耳栓をしても結構聞こえてしまう事がある。

耳栓がちゃんと入っていないのかと思っていたのだが、実は耳(気導)

はふさがっていて、頭の骨(骨導)によって音を我々は拾ってしまって

いたのである。

ただし、江時氏によれば骨導による聴音は音そのものが強くなければな

らないと言う。つまり、人の声より楽器の音(勿論音量はデカイし、遠

くに飛ぶ)のほうが、強いので骨導による聴音が可能だと言う。

しかし骨導は万能ではない。残念ながら、発音物体が遠くにある場合、

音の力は拡散してしまうため、骨導では聞き取れなくなってしまう。

そうであれば、ベートーヴェンが遠くで鳴っている音が聞き取れなくて

も不思議ではない。またオペラなどは歌手が遠すぎるので、

良く聞こえないし、お客さんの拍手も、彼の後ろから音があるので、や

はり聞こえないのである。

以上はこの本から得た情報である。

さてここで考えるべきは、では実際どの程度聞こえていたかである。

そしてこれには答えがない。あぶみ骨固着難聴者にはオーディオマニア

など、音・音楽好きが多いという。しかしこれをもってベートーヴェン

の耳が良かったと言う証拠にはならない。




結局ベートーヴェンの耳がどれほど良かったという事は永遠にわからな

いであろう。そしてそんな事よりも大事な事は、例え彼が普通に全てが

聞こえていたとしても、彼の曲の価値は変わらない。

私がベートーヴェンの曲に感動するのは、その曲が失聴者によって

書かれたからではなく、その曲がそのような力を持っているからだ。

そして忘れてならないのは、ベートーヴェンは人と会話をするのは難し

かったという事実である。

それはつまり、彼にとっては(我々が知るように)難聴も失聴も死ぬほ

ど辛い事であり、彼の人生を困難にしたという事である。

ベートーヴェンの人生が困難であり、それを彼は音楽活動を通して克服

していったのである。我々が彼の音楽に聞くのは、そのような彼の苦悩

(アパショナータ)とそれに立ち向かう勇敢(運命)と、そして未来へ

の希望(第9)ではなかろうか。勿論ここに、深い悲しみの果てに

たどりついた諦念(最後の3つのピアノソナタ)を足したい方もいらっ

しゃるだろう。

もう一度言いたい、ベートーヴェンの音楽の価値は変わらない、例え彼

の耳が聞こえていたとしても、、、、、





ちなみに著者はあぶみ骨難聴者である。

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