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2008年11月24日 (月)

サイモン・ラトル―ベルリン・フィルへの軌跡

現ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団音楽監督である、

サー・サイモン・ラトルの伝記:ニコラス・ケニヨン著

クラシック音楽界の流行であるのでまぁ、

目くじらを立てる必要はないのだが、それにしても

演奏家の伝記がここ数年、大変多く出版されている。

伝記などというものは、対照者の没後に書かれるものと子供の頃は

思っていたのだが、、、

それはさておき、

サー・サイモンの伝記だ。

サー・サイモンは「音楽の無い土地:イギリス」(19世紀には実際にこう呼ばれていた)からついに出てきた、

超カリスマ指揮者である。

彼とはドイツで一度お会いしている。

なんというか、、、、カリスマってこういう事なのかなぁ。。。

と思うような面会だった(意味がわからん?)

彼はあからさまに、私の顔を熱心に見ながら話を聴いた。

そしてやおら、あたかも舞台俳優のように自分の意見を私をまったく見ずに3分くらいは言い続けたのである。

その時の仕草たるや、昔見たシェークスピア映画でハムレットを演ずるイギリスの名俳優オリヴィエのようであった。

簡単に言えば、

            大げさ

だった。

さて伝記のほうはいかにサー・サイモンが指揮者になり、

キャリアを積み、

地位を上げていったかが、書かれている。

実は私はアメリカ滞在時代、殆どサー・サイモンの名前を聞くことがなかった。

だからベルリンフィルのシェフに就任したときはびっくりしたのである。

ここではその謎がとける。すなわち、サー・サイモンはアメリカでの

仕事に慎重で、特にニューヨークでは、何度依頼されても断ったのであ

る。

ケニヨンによれば、ニューヨークタイムズによる酷評を恐れたからとの事である。

タイムズ紙で叩かれるとそのあとのアメリカでのキャリアに支障が

出る為、あえて避けた、と言うのである。

懸命な選択とも言えるし、ずいぶん臆病とも言える。

まぁそういうわけでNYには来なかった。

したがって私が耳にする機会はなかったのである。

そうは言っても今ではベルリンフィルとNYに言っているはずだが。

ところでこの伝記、内容が薄い。往々にして対象者が生きているので、

半分宣伝、けなしはNGな物になっているような気がする。

指揮者として共感とか参考になる事も少ない。

これに比べるとギュンター・ヴァントの伝記の内容の濃さに圧倒される。この本についてはいずれ書くが、本当に頭の下がる思いで読んだ。素晴らしい伝記で、演奏家なら必読だ。

と言うわけでラトルファンであってもあまり得るところがなさそうな本であった。

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