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2008年12月26日 (金)

第9のライブ2

歌手について書き忘れたので書きます。

歌手の方に伺いたい。

第9の音楽形式はなんのか?

これはオペラ?それともオラトリオ?

「交響曲です」

って答えが聞こえるね。

じゃぁ聞くけど、

交響曲を歌うのにふさわしいスタイルってなんですか?

私が聞いたのは、あたかもこの曲が

血みどろのラブロマンス

イタリア・オペラまっしぐら

みたいな歌だった。

この、第9という曲は勿論、宗教曲ではない。

が内容は、言うまでも無く、

道徳、友愛等を歌い上げた

「歓喜の歌」

だ!

このような曲に果たして、オペラを歌うような歌い方でいいのだろうか?

例えば今時、バッハのマタイを、ヨハネを、ロ短調ミサ曲を、

劇的に激しく歌っても、

様式、すなわちスタイルはオペラとは違うものである事は、周知の事実で、誰も

その辺をごっちゃにする事は無いと信じる。

また、第9のソロ達は民衆の中からの声だと信じる。

つまり民衆を代表しているのだ。

これはドイツの伝統的宗教曲のスタイルに則ったものである。

ドイツバロック期の宗教音楽のソロパートは合唱パートから出てきて歌うのであ

る。つまり、ソロ歌手は合唱パートも全て歌うのである。

なぜならそれは、民衆の声だからである。

特定の個人ではなく、普遍的な誰か、つまり、あなた、であり、わたし、、、である。

第9のソロ・パートはこの伝統から来ていると確信している。

したがって私は、第9に節操の無い美声主義的ビブラートは似合わないと思う。

もっと宗教曲・合唱曲に寄った方法がふさわしい。

考えてもみて欲しい。

この曲のソロパートは実際には非常に小さく、効果的ではあっても、

難しいと言う事はない。

歌手の見せ所なんて無い。

カルテットで歌うところなど、ミサ曲などの宗教音楽によほど近いではないか!

今一度、考えてみて欲しい。

見せるところがないから頑張ってビブラートでもかけようなどとは考えないで欲しい。

この日はバリトンのキュウ・ウォン・ハンさんだけが誠実でさわやかな歌い口であった。

この曲に対する真剣な態度を聞くことができた。

しかし特に女性陣はまるでヴィオレッタか?みたいに歌いあげていた。

アンサンブルの箇所においてすらそうであった。

もしあれで抑制した演奏だったとするのなら、

オペラを歌わせたら、音程など絶対にわからないような歌い方になるだろう。

美声の前に、歌詞がある。つまりどのような抑揚で読むのかを考え、そしてそれがはっきり聞こえるようにフレーズをして、さらに言葉が一点の曇りなくききとれるように発音(ディクション)をする。

それらをクリアーし、まったく犠牲にせずにどれだけ美声になれるか。

それが歌手の仕事であろう。

毎年歌うからと言って、惰性になってはいけない。

van Beethoven氏はそんな事を認めないだろう。

考えて欲しい。

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