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2009年1月17日 (土)

N響定期2009年1月デービッド・ジンマン指揮

ヴェーベルン パッサカリア

マーラー 交響曲第10番からアダージョ(クレネック版)

R.シュトラウス ツァラトゥストラはかく語りき

先週から引き続きでジンマンの指揮。

今回はダイナミクスの幅が前回よりも大きい。

ヴェーベルン冒頭のピチカートなど、殆ど聞こえないほどであったが、今回のプロでは、

やはり強弱のメリハリは効果的だ。

それでも強奏でも音をヒステリーに響かせないジンマン。

この辺が彼のバランス感覚の表れだろう。

だからと言って物足りないという事はない。

音量自体は十分ある。

あとは表現として、物足りないという人はいるかもしれない。

私は満足した。

しかもそのような響きの中でも、Massiveな音の塊にならない事に、驚きと喜びを感じる。

精密なヴェーベルン、

混濁しない、スカッとしたシュトラウスも素晴らしいと思う。

厚塗りのロマン派サウンドには縁が無い演奏であった。

マッチョさが皆無なのである。

こういう指揮者がベルリンとかシカゴみたいなマッチョオケを振るとどうなるんだろう。

生で聴きたいが、、

今回最大の聞きものは、マーラーであった。

ジンマン氏、現在進行中のマーラーレコーディングの10番は

カーペンター版を使用すると筆者に語ってくれた。

クック版はすこし、音が薄いから、カーペンターの方を好むというのが理由である。

しかし今回使用したのは昔から使っているクレネック版。

私はマーラーの10番はまったく知らない。スコアはマーラー協会版を参照した。

このクレネック版は協会版にうまく木管を重ねている。

いかにもマーラーらしい響きのするオーケストレーションで、感心した。

これを聴きながら協会版を見ていると、

やはりマーラー自身が演奏をしていたら改訂をしていただろうなと

思われるほど、オケの重ねが薄い。

ジンマン氏の話だとカーペンター版はさらに楽器が追加されていて、

打楽器がこのアダージォでも使用されているという。

大きくて派手な演奏を思考しているのだろうか?

しかしジンマンの演奏は派手とか巨大からは程遠いものだ。

基本がインテンポで、随所に微妙な溜めがあるのだが、

あまりに微妙なので基本のパルスが失われないため、インテンポで行っている様に

聞こえる。

この楽章は今回の演奏から得た印象は、非常に支離滅裂である。

一体これは悲劇の音楽なのか、希望の音楽なのかわからない。

気が狂った男の叫びであり、唐突に気分が変わる音楽であった。

その唐突さが、良く表現された演奏と言っても良いだろうか。

とにかく、これが私の10番への入り口となった事に変わりは無い。

俄然興味が沸いてきた。ちょっと調べてみよう。

最後になるが、練習番号26のところだけ、ハープが2台で弾いていたのは、

ジンマン氏の指示であり(筆者確認済み)、クレネック版では一台である。

やはりこの箇所はハープ一台では聞こえない。

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