フォト
無料ブログはココログ
2015年9月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      

最近のトラックバック

« 流山フィルハーモニー | トップページ | Tchaikovsky's Tempest »

2009年2月22日 (日)

比較視聴「運命」

今月、リハーサルをしたので、興に乗って始めてしまった。

何年ぶり?の事だろう。。。。

● ケント・ナガノ モントリオール交響楽団

● パーヴォ・ヤルビ ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメン

● カルロス・クライバー ヴィーン・フィル

● ギュンター・ヴァント 北ドイツ放響

● アンドレ・プレヴィン ロイヤル・フィルハーモニー

● オットー・クレンペラー フィルハーモニア管弦楽団

● アルテュール・ニキシュ ベルリンフィル

● ゲオルグ・ショルティ ヴィーン・フィル

● スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ ザールブリュッケン放送交響楽団

● デイビッド・ジンマン チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団

● シャルル・ミュンシュ ボストン交響楽団

● ブルーノ ヴァルター コロンビア交響楽団

● 金聖響 オーケストラ・アンサンブル金沢

● ロジャー ノリントン シュトゥットガルト放送交響楽団

● サイトウ・キネン・オーケストラ 小澤征爾

● ピエール・ブーレーズ ニューフィルハーモニア管弦楽団

● フェリックス・ヴァインガルトナー  ロイヤル・フィルハーモニー

● ヴィルヘルム・フルトヴェングラー ヴィーン・フィル

● レナード・バーンスタイン ヴィーン・フィル

● クリスティアン ティーレマン フィルハーモニアオーケストラ

● ジョン・エリオット・ガーディナー オルケストル・レヴォリューショネル・エ・ロマンティック

以上を聴きました。

勿論これにカラヤン、ベーム、バレンボイム、アバド、ラトル、アーノンクールを足す事も

たやすいし、インマゼールの録音も聴きたいところだが、今回はここまでにしておこう。

さてここで特に紹介したいのは

● アンドレ・プレヴィン ロイヤル・フィルハーモニー

● クリスティアン ティーレマン フィルハーモニアオーケストラ

の2つ。

プレヴィンのものは本当に素晴らしい。

まさに模範解答であろう。テンポはまさに妥当。

つまり、ベートーベンのメトロノームマークほど速くは無いが、

ワルターやフルトベングラーほど遅くも無い。十分にオケのヴィルトオーゾぶりを

味わう事ができる。またこのテンポ故であろう、オケがよく鳴っている。

柔らかく響き、絶対にヒステリックにならない。しかしひ弱ではない。

さらに楽器間のバランスが絶妙である。すべてが満遍なくさりげなく聞こえる。

誰かさんみたいに突然顕微鏡でもあてたかのような不自然さは皆無である。

誠実そのものの演奏である。

こういうのを、スコアに印刷された音符の正確な音響的再現

というのであろう。しかし機械的ではない。温かみがあるのである。

とにかく聴いてみていただきたい。勉強になること間違いなし。

ティーレマンのものは、まったく逆の方向の演奏だ。

「スコアに忠実」なのである。

つまり、彼の音楽経験から得られた多くの情報や音楽外情報と

スコアにインクで印刷されていないけれども内在する情報と、

実際にスコアが目の前で鳴ったときに受ける印象など、

すべてを足したものである。

つまり、彼が信じるところのベートーベンのメッセージを素直に、また大胆に表現したものだと思われる。

多くの場合、このような演奏を、個性的とか恣意的とか呼ぶようだが、それは違う。

我々は常に、「スコアに忠実」なのだ。ただ、スコアに、それは印刷されていないのだ。

しかし彼にはそのようにしか読めないのである。

現在の風潮でこのような行い、つまり「スコアに印刷された音符の正確な音響的再現」

の域を遥かに逸脱するのは勇気がいると思うが、私は拍手を送りたい。

軒並みフェイクなピリオド奏法に走っていて、表現の幅が狭まってきている現状を思うと、

ティーレマンの行為を肯定し、擁護する。

それにしても、この覇気たるやなんだろう!

分厚い低音。超スローの第2楽章。ルバートの数々。

「すべてのピアニストはホロヴィッツのように弾きたいが、

すべての教師はリヒテルのように弾けと教える。」

ティーレマンはヴィーン・フィルとDVDでベートーベンの全集をつくるという。

楽しみだ。

« 流山フィルハーモニー | トップページ | Tchaikovsky's Tempest »

音楽見聞録」カテゴリの記事

コメント

mixiから。
聞き比べを初めてやったのは中学生の時でした。多種多様な演奏があり、それが「解釈」という概念だと知り、クラシック演奏の面白さにはまり込むきっかけになりました。
右近さんほどの域まで上り詰めることができずクラシックからドロップアウトした身ですが、多用な解釈と、時代や国籍によるスタイルの違いについて知ることは、若い学生にも行って欲しいインシエーションのひとつだと感じています。
ピリオドについては、当時の解釈を忠実に再現するレベルには達していないようで、当時の奏法を現代の解釈で行っているところに違和感を感じます。しかし、どこかのCDでガット弦での演奏を聞いた際には大きな可能性を感じました。物珍しさだけではなく、どうしてもピリオドが必要になるシーンの模索を行えば(映画音楽の収録など)、洗練されすぎた今日のオーケストラサウンドでは得られない感動を呼び込むことも可能ではないかと思っています。
が、元管楽器奏者の俺にとっては機能的に劣るピリオド楽器の使用には大きなためらいを感じます。どこかに必ずある絶妙な妥協点を積極的に見出し、優れたサウンドつくりに期待しています。奏者との対話を含め、がんばってください!応援しています。

ekiさん、
コメント有り難うございます。
また暖かいお言葉、感謝です。

>>機能的に劣るピリオド楽器の使用には大きなためらいを感じます。

私は作曲家はピリオド楽器の不便さをうまく利用したと思います。ですからそういう特徴が曲の魅力を増すようなケースもあると思います。
ただ、私は基本的にモダンの楽器でやりたい人間です。楽器ではなく、奏法に興味があるのです。なぜなら私はそこに新しいサウンドの可能性を見ているからです。そしてその先に自分の求めるサウンドがあると思っています。ekiさんが納得されるような優れたサウンドを生み出せるように頑張ります。

有り難うございました!
また来てください。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/532928/28276616

この記事へのトラックバック一覧です: 比較視聴「運命」:

« 流山フィルハーモニー | トップページ | Tchaikovsky's Tempest »