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2009年2月26日 (木)

フリッツ・ブッシュ著「指揮者のおしえ」

以前CDを聞いて感動したFritz Buschの著作「Der Dirigent」(直訳すると指揮者)の邦訳を読んだ。

http://dialzero.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/fritz-busch.html

幾つかの点でブッシュの博識に驚かされた。

また多くの金言も含まれるので、書き出してみたい。

1.レオポルト・モーツァルトのヴァイオリン教本は非常に興味深い

2.クヴァンツの古典派直前の時代の著書

彼の世代でこの2つを読んでいる事は普通であったとは思えない。

しかも彼はチューニングピッチのAがバッハ・モーツァルトの時代から約半音高くなってしまっていると言っていのだ。彼は教会のオルガンなどを証拠としている。

何という向学心だろうか。

このほかに、書簡集や他の論文、指揮法の本として

シェルヒェンの教本を推薦している。

3.彼はヴェルディを引用して言う

「素晴らしい声と繊細な演奏」(これに、有名な指揮者と第一級のオーケストラ、と付け加えても良かろう)、「それだけでは現代のオペラ文芸作品をわかってもらうのに足りない。歌、楽器演奏、演技、衣装、舞台装置、すべてが一つになって、やっと〈複合したもの〉になるのだ。---我々は〈ひとまとまりのもの〉(アンサンブル)を望むのであり、つまり〈集約した全体〉を望むのだ。それがオペラというものであって。。。。。。。」

最後にこう行っている、

「劇作家ヴェルディが歩らに求めているものは、だから、他の点で相違するにもかかわらず、ヴァーグナーが求めているものとなにも違っていない。」

この本は第2次世界大戦中に執筆されている。

この時点で彼はオペラ歌手の容姿について何度も言及している。

美しい容姿は必須だと。

これなどは、ここ最近の傾向かと思っていたが、

http://dialzero.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/post_e728.html

わかっている人はやはりわかっていたんだなぁ。

オペラは総合芸術ですよ。目にも耳にも頭脳にも心にもおいしくなければね。

そしてそれはヴァーグナーもヴェルディも求めているのです。

歌手やオケの楽器にも言及している。時に辛らつだ。

しかし特に興味深いのはトロンボーンのところである。

彼はバルブ付きトロンボーンの絶滅を嘆いている。

ヴェルディのオペラでは必須であると考えているようだ。

さらにアル・トロンボーンについても、残念がっている。

これらのトロンボーンをなぜクラシックのトロンボーン奏者は持ち替えをしないのか、

理解に苦しんでいる。

Jazz奏者は出来るのになぜ?

とまで言うのだからそうとうないれ込みようだ。

他にもあるのだが、最後にこれを引用して終わりたい。

         ~結局、トーマス・マンが『魔の山』の前書きで次のように言っているのは、

         もっともだ。「綿密過ぎるという悪評を恐れず、むしろ〈徹底的であること〉

         が本当に面白いのだと考えたい。」だから〈徹底的であること〉が

         少なくも不足してはならないのである。

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