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2009年5月24日 (日)

let's use vibrato

ヴィブラートについてはすでに何回か書いた。

http://dialzero.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_5fa2.html

http://dialzero.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_4087.html

http://dialzero.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_63cf.html

しかし私はアンチ・ヴィブラートではない。

ビブラートは適切に考えて使用されるべきだと言っているのです。

昔リハーサルでこんな事がありました。

私「そこビブラート無しで弾いてね。」

ヴァイオリン奏者「使ってないよ。」

私「今使ったじゃん。」

奏者「NO!」

という押し問答がありました。

困ったもんです。

自動的なんですね。

意識して使ってないんです。

これでは、自分の音に耳を傾けていないのと一緒です。

確かに、相手の音、周りの音、他の奏者がやっている事に耳を傾けるの大事です。

しかし、自分の事を忘れるのは論外でしょう。

こういう全自動ビブラート・マシーンの方は結構いらっしゃいます。

自分のビブラートが本当に美しいか、曲想に対し適切なスピードとふり幅なのか、

そして、使用しない場合はどうなのか、探求する事はないでしょう。

でもまぁ、オーケストラで弾いている場合は、、、セクション、そしてオケ全体との整合性やバランスも配慮しなければなりません。したがってとりあえず、全員思い思いのビブラートを使用する事によって最初から整合性を度外視し、各楽器の音をブレンドさせるという方向をとるのは、オーケストラという団体(巨大な)の場合は一つの解決方法かもしれませんね。

しかし勿論その逆、つまりノン・ビブラートで全員が弾くのもありでしょう。

この場合は整合性があります。全員同じ事をするわけですから。

しかも各楽器の音の個性が立ちます。ブレンドは難しくなります。

不可能ではありませんが。

そしてこの場合、いつビブラートを使うかは、

1.指揮者が決める。

2.オケ全体での合議制で決める。

になります。

オケ側から提案してくる時代がいつかくるといいなぁ。

でもとりあえず、指揮者が、解釈の一つの要素として、ビブラートの使用法を考えてみるべきでしょう。

例えば

ベートーベンの交響曲第5番第一楽章。

ノン・ビブラートで始めます。

そして再現部オーボエの可憐なソロ(268小節目)で、

オーボエにはおもいっきりかけていただきたい、

嘆きのヴィブラートを!

逆もありです。

チャイコの6番。最初の3楽章はビブラートありで演奏し、

終楽章では使わない。

あの終楽章の他の楽章との異質さはこれによりさらに強調されます。

そして意味論的にも変わってくるでしょう。

この2つの音響世界を行ったり来たりする事によって、引き出しが増えますよね。

如何ですか?

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