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2009年6月

2009年6月28日 (日)

To MJ

Dear MJ,

How are you?

I hope this letter find you well.

My longing seems not to decrease and I continuously remember you.

In the city, I can hear your songs and see your dance all over the place.

This makes me realize how great you were/are.

Your dance, song and voice surpass anybody, everybody.

Therefore, you are immortal.

The gift you left behind shines in eternity.

I hope you find calm and peaceful life which, I suppose, you never had before.

Though, I suppose, in the heaven, you are still a hero….the hero maybe?

Probably the guys up there already got heated up and are screaming your name as

we do down here.

"Michael"

Yours forever,

d.

2009年6月27日 (土)

ブルーアイランド版 「魔笛」 2009年新版らしい 演奏評

う~ん、この公演に芸術がどうのこうの言ってもしょうがないと思うのだが、

やはり書いておこう。

原語上演だったわけだから、演出や設定はまったく抜きで、

歌だけの感想ね。

一番印象に残っているのは

夜女の見角悠代さん。

透明度の高い声が美しく、高音もほぼばっちりだった。

オケがバックのオペラ公演でも問題ないだろう。

そしてドイツ語のディクションは出演者中のベストで、大変素晴らしかった。

ディクションで言えばパミーナの田島茂代さんも良かったが、後の方々は、もうすこし

頑張っていただきたい、個人差はあるけれど。

侍女たちの歌はなかなか良かったと思う。

個人的にはもうすこしアルトにあわせたバランスをとって欲しかったが。。。

パパゲーノの馬場眞二さんも楽しめた。

あえて言えば、脇役という感じが強く、控えめすぎた感じだ。

もっと厚かましくていいと思う。

ピアノ伴奏の遊間郁子さん、素晴らしいお仕事でした。

お疲れ様でした。

2009年6月26日 (金)

ブルーアイランド版 「魔笛」 2009年新版らしい

6月20日 14時のA キャストで見てきました。

私はブルーアイランドさんが何者か、まったく知りませんが、

夜の女王率いる老人施設「夜想苑」

ザラストロ率いる太陽メンタルクリニック(実は宗教集団太陽教)

の戦いという事前情報は知っておりました。

しかしそれだけではなかった。

なんと年齢の設定がすごい。

青島氏みずからの開演前口上での説明によると、

タミーノ役の森 靖博氏が「タミーノを原語で歌うからね」と青島氏に注文したそうである。

そして「タミーノは若い役だ。森さんの年齢で若いって言う事は、、、、」

と考えて、全員80歳は超えなければならない事に気づき、

夜の女王は90歳を越える事となった。

なるほど。そりゃ道理だな。

私はこういう時は素直に笑うし、素直に眉もひそめます。

だいたいみんなこの曲の作者ばかり強調しすぎじゃないか?

台本かいて話をモーツァルトに持っていったのシカネーダだよ。

彼は当時の人気俳優にして劇場支配人だったでしょう。

パパゲーノは彼がやったんですよ。

だから一番シンプルな音楽だけど、一番純粋で、一番感情移入ができる、

いわば、Comman peopleを代表するような役じゃないですか。

実際「魔笛」はパパゲーノが主役といっても過言じゃない。

それぐらい人気あるキャラでしょう?

で、このシカネーダは興行の成功、お客さんの満足をまず第一に考えた。

だから設定かえようが、セリフ変えようが、受容があるなら、OKだしたろうな、

と思うわけです。

だからやっぱり日本語で歌ったほうが良いんじゃないかな。

少なくとも超訳された字幕が欲しいよ。

お客さんのノリが違うと思うけど。

それにしても出演キャストの実年齢はみんなタミーノより若かったと思われる。

にもかかわらず、年上の役なので、時々超笑えた。

例えば夜の女王最初のレチタティーボの出だし、

O zittre nicht, mein lieber  Sohn!

「ああ、怖れおののかなくてもよいのです、わが子よ!」

を聴いた瞬間、笑った。

だって、白髪のおじさんに向かって言う言葉じゃないし、

それに、歌っているコロの方は90を超えている設定で白髪のヅラをしているけど、

はっきり20代なのはわかるわけ。

この年齢の倒錯?

がすごい笑えた。

さて「魔笛」を見る・聴くたびに思う疑問が2つある。

1つはタミーノとパミーナが初めて会うシーン。

なぜパミーナはモノスタトスに連れてこられた若者がタミーノだと分ったのか?

この場面、パミーナが「彼だわ!」という言葉がタミーノの「彼女だ!」の前に来る。

タミーノはパミーナの肖像画を見ているから、問題ないけど。。。。

2つめは、パパゲーナはなぜあんなにパパゲーノをしているのか?

パパゲーナはザラストロサイドがパパゲーノを釣るために用意した女性だ。

だから身の危険をおかしてまでパパゲーノを救うほどの愛情があるとは到底思えない。

動機は何なのかな?

夜の女王

パパゲーノ・パパゲーナ最後のDuet

2009年6月25日 (木)

アップできません。でした。。。

最近ブログのアップが滞っています。

書きたい事、ネタはあるのですが、

最近持病の腱鞘炎がひどく、

ここ2週間ほどはキーボード・タイプを3分以上する事ができませんでした。

友人に勧められ、ストレッチを始めました。

おかげで大分よくなり、今日は本稿を5分で書き上げました。

何とかなりそうです。

2009年6月20日 (土)

樫本大進さん:ベルリン・フィルコンサートマスター就任へ?

結構、「内定」という表現が使われてますね。

実際には試用期間が始まったわけで、一年くらいかけて実務オーディションにかけられるわけです。

実際に一緒に演奏してみて、

オケ奏者に「大進なら大丈夫」と認めさせなければならなりません。

それにかける時間が一年くらいなわけですから、一年後にもしかしたら、

駄目がでるかもしれません。

コンマス・ミスというのは弾けるだけでは駄目で、

リーダー・シップがなければなりません。

何と言ってもオーケストラの顔であり、

オケ全体の音色や雰囲気に多大な影響を与える重要なポジションですから、

「合わない」と思われればそれでおしまいです。

逆に言えば、樫本さんにとってベルリン・フィルで弾く事が、

芸術的成長によいかどうかも解らない。

どちらにしても、あの(国民栄誉賞授与されてもおかしくないだろう)安永徹さんが

ベルリン・フィルのコンマスを引退されたばかりですから、他にもトライ・アウトしている人が

いるかもしれませんね。

それにしても、あの名教師ブロンの弟子にして、

ロン=ティボー国際音楽コンクールの覇者が、

オーケストラのオーディションを受ける時代になってしまった。

もともとベルリン・フィルは管楽器には名手が多いのだが、それはつまり

管楽器はソリストの受容が低いため、オケの仕事と平行して出来る事に起因する。

奏者の実力云々以前の問題で、ソロ管楽器奏者がソロ活動だけで生きていく

土壌に乏しいのが現状だ。

しかしヴァイオリンは違う。

彼・彼女らは日夜飛行機で世界中を移動しながらコンサート・リサイタルを開いている。

オーケストラの仕事と平行しては出来ない。

ソロ・リサイタルや協奏曲を演奏する機会はそうとう限定されるはずだ。

それでもベルリン・フィルのコンマスになりたいのだから

そうとうな覚悟?があるのだろうし、それだけオーケストラ音楽が好きという事なのかな?

それともソロ活動そのものが、性に合わない方なのだろうか?

youtubeにあった演奏。

ものすごく柔和で、内向的な演奏だ。

大向を唸らせる大仰な演奏とは無縁なのかもしれない。。。。。 がんばれ!

2009年6月10日 (水)

クラシカル・プレイヤーズ東京 プレ・トーク

開催日時 2009年6月6日(土)18:00開始 
会 場 東京芸術劇場 5F中会議室
出 演 ホルン演奏/ヒルケ・ローゼマ、大野 雄太、倉橋 雅子
解説/有田 正広
講座内容 ◆メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲 作品64 の第2稿(1845年)とは?
◆ベートーヴェン 交響曲 第3番 『英雄』の成立の謎に迫る!
自筆スコアに記されたベートーヴェンのメモ書きで明らかになったホルン3本の異例の扱い。現行のスコアとの差異。そして初演に使用されたパート譜が物語る音楽とは?
☆ホルン3本のデモンステレーション付き。

に行って来ました。

内容はこちらに。

http://ameblo.jp/geigekimusic/entry-10275661653.html

少ししか書いてないので、ここではもう少し詳しく書いてみよう。

メンコンについて。

ありがたい事に初稿自筆譜を3ページほどコピーしたものを皆さんに用意してくださいました。

冒頭は現行のAllegro molt appassionatoではなく、Allegro con fuoco。

どちらにをとっても情熱的で燃えるような演奏を示唆している。

従来の繊細なコンチェルトというイメージ(巨匠達の演奏によって植え付けられた)

ではなく、素直にメンデルスゾーンのスコアに立ち返っての演奏・解釈を目指す

という事でした。また初演時に使われたのは間違いなく現行版であり、

初稿を使用する意義なしと判断されていました。

初稿は現行版に至る過程でできた、いわばたたき台として位置づけておられました。

Eroicaのついて。

まず始めに、ベーレンライター版の批判から入りました。

有田氏曰く、「Del Marは資料調査を十分に行っていない」との事。

~脱線します~

さてここでクラシカル・プレイヤーズ東京のコンサートのチラシに書いてある、

うたい文句を見てみよう。

「ベーレンライター版で解説されている失われた自筆譜は実は存在していた!

初演時のパート譜と自筆のスコアを使用。」

これは正しくありません。

~戻ります~

いみじくも有田氏御自らのご説明によれば、

「自筆スコアではなく浄書譜です。しかしこの浄書譜はベートーベンが

後生大事にずぅ~と長年持っていたものであり、ベートーベン自身の書き込みが

多数ある。したがって、自筆譜に等しい価値がある」という事でした。

さて初演時のエピソードを交えながらトークは続きました。

興味深い内容としてはこの初演の時、弦は大変少なく、

2-2-2-2-2だったそうです。

有田氏は「しかしこれをもってベートーベンの理想のサイズとは結論づけられない。

フォルテの指示の徹底やSolo、Tuttiマークが多数ある事を考えれば、かなり大きい

オーケストラを考えていたのではないかと思う」と仰られました。

さて今回の演奏ではこの初演時(ためし演奏と言ったほうがあってますね)のパートを

使用されるそうです。

~脱線します~

気になるなぁ。

2-2-2-2-2の時に使ったパート譜をそれ以上のサイズのオーケストラが使用する

わけでしょう。しかも有田氏の説明から、この初演は殆ど初見演奏状態だったように

思われるのです。例えベートーベンの自身の指示による書き込みがあるといっても、

良く曲を知っている人がその指示を鵜呑みにするのは危険ではないかしら。

勿論有田氏だってそれくらいの事はわかっているとは思うが。

どのように使用するのか気になる。

~戻ります~

さてまだまだおいしいお話はありましたが、あと1つだけにしましょう。

それはホルンのシーティング・ポジションです。

ホルン3人ですから通常なら3番-2番-1番もしくは1番-2番-3番と横並びで

座りますね。ところが最近わかった事らしいのですが、

浄書譜にはベートーベンの手により、こう書かれているそうです。

「3本のホルンは、第一番が真ん中に」

このメモは1805年1月20日ベートーベンがヴィーン不在の際に

ヴェルト邸(銀行家で大商人)でエロイカが演奏される事になり、

指揮を務めたFranz Clementに宛てたものだそうです。

そうすると、客席から見て、2-1-3もしくは3-1-2で座る事になります。

どちらかを特定する事はできないようですが、

実は浄書譜のホルン・パートは

3番

1番+2番

で書かれています。

通常であれば

1番+2番

3番

の順番になるところです。

有田氏は3番が上に来る事、そして2番が外側の方が、聞こえにくい2番の低音が、

良く聞こえるとの理由で、2-1-3で行う事を決定されたそうです。

この並びで実際にデモンストレーションが行われました。

この並びだと低音が分離して聞こえます。

イメージとしては、通常のバイオリン配置、

つまり1stヴァイオリンの内側に2ndが座る配置にして、1stの前にチェロが来るのを

想像してください。

まず、ヴァイオリンですが、実は1stが弾いているのか、2ndが弾いているのか客席から

ではわからない事ってありますよね。チャイコの6番の終楽章冒頭のように。

そのような2つ高音の綾が1つに聞こえるような感じでもしチェロがその前にいたら、

当然チェロが良く聞こえます。

そんな感じです。よけい解らなくなったかな?

まぁ実際に聞いたほうがいいです。

ですから皆さん、コンサートに行って下さい。

行ってどんな演奏か、報告してください。

私は用事があって行けないんです!!!!(爆)

日  時2009年6月12日(金) 19:00開演 (18:30開場)
出  演指揮/有田 正広
ヴァイオリン/堀米ゆず子
曲  目モーツァルト 歌劇「ルーチョ・シッラ」シンフォニア
メンデルスゾーン ヴァイオリン協奏曲
ベートーヴェン 交響曲第3番「英雄」他
会  場東京芸術劇場大ホール (JR・私鉄・東京メトロ池袋駅西口徒歩2分)
料  金S席-4,000円 A席-3,000円 B席-2,000円
※全席指定(発売中・東京文化会館友の会割引有り

おまけ情報。

有田氏は19世紀のアンティーク・メトロノームを持参してきました。

曰く「まるでクオーツですよ。正確です。」

つまりベートーベンは!!!!

2009年6月 6日 (土)

ヘンリー・パーセル作「ディドとアエネアス」

ここ何十年かのスタイルの変化は大きいものだ。

今日は映像・録音でたどってみよう。

曲は

Henry Purcell ヘンリー・パーセル作曲 

Dido and Aeneas 「ディドとアエネアス」から

Dido's Lament(ディドの嘆き)として知られる When I am laid in earth

まず始めは

世紀のヴァーグナー歌手

Kirsten Flagstad キルステン・フラグシュタート 

重く、遅く、太く、肥大化したロマンティック歌唱である。

巨大なホールでワーグナーやそれ以降に巨大化したオーケストラを向こうに回し歌う

にはこれほどの声が必要だ。勿論そのような状況はパーセルの時代には

普通ではなかったし、通常歌手達、作曲家達はそれを想定してはいない。

戦前のスタイルだ。

1952年録音。

次は1966年、グラインドボーンでのライブ映像。

Janet Baker (ジャネット・ベーカー)の素晴らしい歌唱をどうぞ。

このプロダクションの指揮者は何とピリオド奏法で素晴らしい録音を多数している

Charles Mackerras (チャールズ・マッケラス)

チェンバロがはっきり聞こえるところが、古楽大国イギリスらしい?のかな。

次は時代がもどった?みたいなJessye Norman(ジェシー・ノーマン)の歌唱で。

さて伴奏は上のマッケラスが音楽監督を務めていたSt.Luck's Orchestra。

1994年のライブ。

ノーマンが装飾音符を足すあたりが、古楽の自由度の高さが認識されてきている事の

証明だろうか?

ここで古楽系にシフトしよう。

歌はAnne Sophie von Otter (アンネ・ゾフィー・フォン・オッター)

テンポが明らかに少し速い。そして勿論ピッチが低い。

細かい抑揚が増えてるがどうだろうか。

さてここで大御所Emma Kirkby (エマ・カークビー)による2007年、

ニューヨークにおけるライブをご覧ください。

発音・発声法・テンポ・ビブラートの使用・アーティキュレーション・テンポ・装飾音

どれをとっても別世界なサウンドだ。

この演奏こそ、私が長年夢に見た演奏を具現化している。

会場に居て聴いていたら、「涙でカークビーが見えない」っと叫ぶほどだったろうな。

私が言ってもしょうがないが、あの世でパーセルは

「これだよ!そうだよ」

と叫んでいると思う。

古楽のリサーチが音楽的表現と最高度で結びついた本当に稀有な例。

上記のオッターもそうだけど、最近の歌手達はだいたいこれらの人たちの

中間あたりの歌唱をする傾向にあります。個人によって比重の差はあるけど。

例えばSusan Graham (スーザン・グレアム)

美しい。本当に美しい歌唱だ。

実際にわかってもらえると思いますが、彼女の声の細さや、

ビブラートが過多でないところや、控えめだけど効果的な装飾音など、

古楽よりだと思う。

中庸の美徳、、、かな。

グラハムの演奏は非常に成功している。

でも普通は、、

「はたしてそれで本当に強い感動を呼び起こす演奏が可能なんだろうか」

という感じの演奏が多い。

日々の鑑賞にはぴったりだと思う。でも、、、

私はBakerもFlagstadも本当にすごい表現力だと思う。

例え彼女達のスタイルが私の好みに合わなくても、心を動かされる。

感動できるのだ。

そのような説得力をもつ演奏こそ、真の意味でオーセンティックなのではないだろうか。

だからこんなのも、、、、いいんじゃない?

歌:Alison Moyet

私これ好きです。でも一体誰?なんです。

そしてご存知Swingle Singers

2009年6月 4日 (木)

マーラー「嘆きの歌」初版 コンサート・リビュー

2009年5月31日(日) 

東京芸術劇場 

午後2時開演予定

オンドレイ・レナルト指揮 

東京フィルハーモニー 

吉原圭子(S)小川明子(A)児玉和弘(T)成田眞(B)

新星合唱団

まずは指揮者のレナルト氏から始めなければならない。

レナルト氏の見事な解釈はマーラーのこの若書きの曲を、第一交響曲と比べても格段に

密度の薄いにもかかわらず長大なこの曲を、ドラマティックに描ききった。

強弱の幅、テンポの緩急の幅を最大限に使用し、時には立ち止まり、時には怒り、そして

時には強烈なエネルギーでフレーズをドライブした。

最近はブーレーズやジンマンのように、冷静でバランスの取れたマーラーが多いような気

がするが、レナルト氏は疑いようも無くかつてバーンスタインが代表したような、

濃いマーラーであり、食い足りなさや、さわやかさは皆無で、久しぶりにロマン派の、

もしくは表現主義的な劇的なマーラーを堪能した。マーラーはこうでなくては!

そしてその要求に見事にこたえた新星合唱団も素晴らしかった。

全編にわたって暗い音色・発音を保ち、まったく絶叫する事無く、逆に驚くべきまろやかさ

で歌いきった。これがアマチュア?である。

いみじくも私の友人がつぶやいた事は真実である。

「こりゃソロの人が大変だ。」

その通り、半端な歌い手ではその存在感は完全に消されてしまうだろう。

このようなすごい合唱団に育て上げた指揮者の郡司氏と鈴木氏の指導力に

最大限の賛辞と敬意、そして感謝を送りたい。

最後になるがアルトの小川明子さんの見事な歌唱に言及したい。

ドイツ語発音、つまり子音の置き所が絶妙で、しかもその子音が

なんと表現的であったろうか。

ドイツ語歌唱とはこうあるべきという見本のようなパフォーマンスであった。

私も勉強させてもらった感じである。

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