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2009年8月

2009年8月28日 (金)

オーケストラ関係の皆様へ朗報

以下をご照査いただければ幸いです。

http://www.orchmusiclibrary.com/index.php

いまやCDロムでパート譜を売る時代でございます。

CDはひとつの楽器のパート譜になっています。

つまりフルート・パートだけみたいになっています。

しかし一枚に膨大な量の曲が入っています。

以下はVolume.1のコンテンツです。

  • Fre Diavolo Overture by Daniel-Francois Auber

以下ベートーベン

  • Symphony No. 1 in C Major, Op. 21
  • Symphony No. 2 in D Major, Op. 36
  • Symphony No. 3 in Eb Major, Op. 55 "Eroica"
  • Symphony No. 4 in Bb Major, Op. 60
  • Symphony No. 5 in C Minor, Op. 67
  • Symphony No. 6 in F Major, Op. 68 "Pastoral"
  • Symphony No. 7 in A Major, Op. 92
  • Symphony No. 8 in F Major, Op. 93
  • Symphony No. 9 in D Minor, Op. 125 "Choral"
  • Piano Concerto No. 1 in C Major, Op. 15
  • Piano Concerto No. 2 in Bb Major, Op. 19
  • Piano Concerto No. 3 in C Minor, Op. 37
  • Piano Concerto No. 4 in G Major, Op. 58
  • Piano Concerto No. 5 in Eb Major, Op. 73 "Emperor"
  • Violin Concerto in D Major, Op. 61
  • Concerto for Violin, Cello and Piano in C Major, Op. 56 "Triple Concerto"
  • Ah! Perfido, Op. 65
  • Consecration of the House (Die Weihe des Hauses), Op. 124
  • Coriolan, op. 62
  • Creatures of Prometheus (Geschopfe des Prometheus), Op. 43
  • Egmont, Op. 84
  • Fantasia in C Minor, Op. 80 "Choral Fantasy"
  • Fidelio Overture, Op. 72
  • Grosse Fuge in Bb Major, Op. 133
  • King Stephan (Konig Stephan), Op. 117
  • Leonore Overture No. 1, Op. 138
  • Leonore Overture No. 2, Op. 72
  • Leonore Overture No. 3, Op. 72
  • Mass in C Major, Op. 86
  • Missa Solemnis, Op. 123
  • Name Day Overture (Namensfeier), Op. 115
  • Romance for Violin and Orchestra in F Major, Op. 50
  • Romance for Violin and Orchestra in G Major, Op. 40
  • The Ruins of Athens (die Ruinen von Athen), Op. 113
  • Overture
  • Marica alla turca by Ludwig Van Beethoven
  • Wellington's Victory, or the Battle of Vittoria(WellingtonsSieg), Op. 91

以下それ以外の作曲家達

·         Norma Overture by Vincenzo Bellini

·         Symphonie Fantastique, Op. 14 by Hector Berlioz

·         Funeral and Triumphal Symphony by Hector Berlioz

·         Benvenuto Cellini Overture by Hector Berlioz

·         Corsaire Overture by Hector Berlioz

·         L'Enfance du Christ, Op. 25 by Hector Berlioz

·         Harold of Italy, Op. 16 by Hector Berlioz

·         La Mort de Cleopatre by Hector Berlioz

·         Requiem, Op. 5 by Hector Berlioz

·         Roman Carnival Overture, Op. 9 by Hector Berlioz

·         Romeo et Juliette, Op. 17 by Hector Berlioz

·         Te Deum, Op. 22 by Hector Berlioz

·         Les Troyens: Royal Hunt and Storm by Hector Berlioz

·         Medea Overture by Luigi Cherubini

·         Anacreon Overture by Luigi Cherubini

·         Daughter of the Regiment Overture by Gaetano Donizetti

·         Don Pasquale Overture by Gaetano Donizetti

·         Symphony No. 1 in C minor, Op. 11 by Felix Mendelssohn

·         Hymn of Praise, Op. 52 (Symphony No.2) by Felix Mendelssohn

·         Symphony No. 3 in A Minor, Op. 56 "Scottish" by Felix Mendelssohn

·         Symphony No. 4 in A Major, Op. 90 "Italian" by Felix Mendelssohn

·         Symphony No. 5 in D Minor, Op. 107 "Reformation" by Felix Mendelssohn

·         Piano Concerto No. 1 in G Minor, Op. 25 by Felix Mendelssohn

·         Piano Concerto No. 2 in D Minor, Op. 40 by Felix Mendelssohn

·         Violin Concerto in E Minor, Op. 64 by Felix Mendelssohn

·         Elijah by Felix Mendelssohn

·         The Hebrides (Fingal's Cave) Overture by Felix Mendelssohn

·         Midsummer Night's Dream Overture and Incidental Music by Felix Mendelssohn

·         Ruy Blas Overture by Felix Mendelssohn

·         The Barber of Seville Overture by Gioacchino Rossini

·         La Cenerentola Overture by Gioacchino Rossini

·         La Gazza Ladra Overture by Gioacchino Rossini

·         L'Italiana in Algeri Overture by Gioacchino Rossini

·         Semiramide Overture by Gioacchino Rossini

·         Siege of Corinth Overture by Gioacchino Rossini

·         The Silken Ladder Overture by Gioacchino Rossini

·         William Tell Overture by Gioacchino Rossini

·         Symphony No. 1 in D Major by Franz Schubert

·         Symphony No. 2 in Bb Major by Franz Schubert

·         Symphony No. 3 in D Major by Franz Schubert

·         Symphony No. 4 in C Minor, "Tragic" by Franz Schubert

·         Symphony No. 5 in Bb Major by Franz Schubert

·         Symphony No. 6 in C Major by Franz Schubert

·         Symphony No. 8 in B Minor, "Unfinished" by Franz Schubert

·         Symphony No. 9 in C Major by Franz Schubert

·         Fierrabras Overture by Franz Schubert

·         Rosamunde Overture by Franz Schubert

·         Symphony No. 1 in C Major by Carl Maria Von Weber

·         Clarinet Concerto No. 1 in F Minor by Carl Maria Von Weber

·         Euryanthe Overture by Carl Maria Von Weber

·         Der Freischutz Overture by Carl Maria Von Weber

·         Invitation to the Dance (orchestrated by Berlioz) by Carl Maria Von Weber

·         Oberon Overture by Carl Maria Von Weber

どうですか?

一枚のCDRomにこれだけの曲数の1パート(フルートだけ等)入って、

$19.95です。

一枚2000円切ります。

では何パート分のCDが出ているか?

Volume 1の場合は以下CDが出ています。

VOLUME 1: Beethoven, Schubert and more

つまり、上記の14CDを全部かうと、上のリストにある曲の全パートがそろいます。

一枚2000円で計算しても、28000円でそろう。

どう考えてお買い得です。

下記のサイトに行って、

http://www.sheetmusicplus.com/

下記の検索ワードで検索すると全部出てきます。

Orchestral Masterworks on CD-ROM

このサイトなら日本へも送ってくれます。

さて、日本でも売ってるかな?

2009年8月23日 (日)

モーツァルトだったらやりかねない?

偶然見つけて、興味津々で聴き始めました。

『モーツァルトならやりかねないような事だなぁ』と思いながらこの趣味の良い

即興?を聴きました。お聞きください。

セルゲイ・ラフマニノフ (ピアノ)

モーツァルト作曲 K331

2度繰り返して聴いちゃいました。

2009年8月21日 (金)

ハイドンを楽しむための序論: 交響曲第100番「軍隊」第一楽章の序を使って

In Nomine Domini

            ハイドンはその知名度に反比例するかのごとく、人気がないといいます。

私はハイドンが大好きなのでまったく理解不能です。

しかしハイドンの面白さがまったくわからないという人が多いので、

そうした方々のために、私が考えていることを書いてみるのも

あながち意味の無い事ではないかなと思い、本稿を書くことにしました。

            考えてみればハイドンを聞いたり、演奏したりするときには

音楽に何を求めるかという姿勢を変える必要があるかもしれません。

なぜならハイドンという人の生きた18世紀という時代と現代の差がそこに

あるからです。では彼の時代、音楽とはどのようなものだったのでしょうか。

ここではっきり言いますが、この時代の音楽は、人を泣かせる事はありません。

人間の感情のひだに触れることはご法度だったからです。

それは完全に知的であり、かつエンターテイメントなものでした。

            

            例えて言うなら落語でしょうか。落語を楽しむためには、

ある程度分かっていなければならない事がありますね。

あの独特の話し方になれなければならないし、話を聞きながら、

「あ~そうくるか」、「あ、なるほど、うまいね~」とならないとだめですよね。つまり何がくるのか、ある程度予想をたてたり、どうなっちゃうの?

みたいな事を考えながらでなければ落語は面白くない。

つまり能動的に話そのものにかかわっていかないと落語は面白くないわけです。

私はこのようなかかわりを「能動的聞き方」と呼びます。

            漫才はどうでしょう。漫才はもっと直接的ですね。時には強引に笑いに持ってくでしょう。こちらに考える時間を与えませんね。我々はただ単に与えられるままに笑うだけ。これは何にも考えずに笑う、与えられるギャグがはまるかどうかの勝負。つまり聞き手は「受動的聞き方」をしています。

           ハイドンを聞く・演奏するときには、「能動的」でなければなりません。

「このメロディーがきれいだな」とか、「分かるよ~」みたいに、

単に与えられたものに対して同調するだけでは、ハイドンの面白さは

見えこないのです。

           しかも全体を能動的に聞いてください。フルート・パートだけを聞いていても面白くないでしょうね。木管だけ聴いても駄目です。すべてにフォーカスして聞かないと単につまらない音型の羅列で終わってしまいます。

どのような掛け合いがあり、どのように管楽器がダブり、どのような違いがあり、また同じなのか。

           このように聞けるようになるには、ある程度の経験が必要です。

あなたには、あの臨時記号の面白さ、意外さが聞こえますか?

リズムのくすぐりがわかりますか?曲の構成も楽しみの一つですよ。

「軍隊」第2楽章のあのトランペットソロをあそこで、誰が予想できますか?

「でももう知ってる」ですか?だったらなんで我々はおんなじ曲を

何度でも聴くのですか? あのソロの後、嵐のTuttiが来ますね。

でその後は?自分が落語家だったら、どんな風に語りますか?

           こう書くと「ハイドンはハッタリ・誇張の音楽なわけね」と考える人がいます。はっきり言います。ハッタリ・誇張は漫才の特技であって

落語のものではありません。

           ハイドンは18世紀最大にして最高の作曲家です。

そして汲み尽くせないほど多くの曲を、信じられないようなウィットをもって

見事に構成した作曲家です。繰り返しになりますが、彼の曲では泣けません。

彼の曲はあなたの苦労も悲しみも代弁しません。

しかし、一度わかったら、一生にやにや出来ますよ。

それでは駄目ですか?

            ではこれからクラシック音楽を、ハイドンを能動的に聴くとはどのような行為かを実際に行ってみようと思います。

始める前のお断り:

これからお話しする部分は表記上2/2ですので、2拍子です。しかしその場合、

小節内の特定の場所を見ていただきたい時に1.5拍目とか1.75拍目という表記になります。これは煩わしいので、1小節を4拍として勘定いたします。

            また音名は英語表記です。本稿ではBはドイツ語のHにあたります。

すべてのシャープ・フラットは#・bで表記します。

            本稿はスコアが必要です。以下で閲覧できます。

http://imslp.info/files/imglnks/usimg/3/37/IMSLP28932-PMLP07580-haydn-sym-100-mvmt1-ccarh.pdf

準備できましたか?

では始めます。

            この曲は第一ヴァイオリンの跳躍(DからGへ)によって始まります。ハーモニーは何の変哲も無いトニック・コード(G major)が弱音(P)によって短く(4分音符)奏されるだけです。第一ヴァイオリンがDからGへ到着した時

(2拍目)他の楽器は沈黙している。この事により、D-Gという跳躍音型を

我々ははっきりと聞かされる事になります。このD-Gという音型は

Cadence(終止形)の時にバス声部が行うものです。勿論この程度の跳躍音型は

特別なものではなく、曲中いたるところで色々なパートが吹きます。

しかし曲の冒頭にいきなりメロディーを引っ張る役割を持つ第一ヴァイオリンが

終止形バスの典型である動きを示し、尚且つわざわざ良く聞こえるように楽器を

減らしているところがなんとも言えない雰囲気を醸し出します。

つまり曲頭いきなり終止してしまったような。勿論そんな事は無いわけで曲は進みます。そして第2小節目に真正のCadence。当然バスがD-Gを弾きます。

私はここでハイドンがこう言っているように思えます、「先ほどは失礼しました。こちらが正しいCadenceです。」

            所が、このCadenceは弱いものです。というのもトニック(G major)のコードが第1拍に来ていないからです。所謂「女性終止」と呼ばれるものです。(この表現は女性差別を想起させるためアメリカでは使われなくなってきています。)ここでは「女性終止」ではなく「弱終止」と呼びます。あまり力強くなく、終止感が弱いからです。その為2小節後にこんどは力強い終止が起きます。やっと一息いれられる感じです。注目していただけいたいのは最初のバス終止のD-GはヴァイオリンのD-Gとは跳躍方向が逆だという事と最後の終止はヴァイオリンとまったく同じだという事です。ハイドンは当然これを意識していたでしょう。第2小節目の弱終止ではD-Gの関連を気づかせても、逆跳躍を起こす事によって文章の切れ目を感じさせないようにしています。わざわざ「弱終止」を使ったものも4小節目まで一息もって行くための工夫なのです。

            「終止型」はこれくらいにしましょう。もっと面白いのはハーモニーです。

その第一段階としてハイドンのジャブを受けてください。第3小節目の3拍目を見てください。下から音符はA-A-E-Dとなっています。これは一体何の和音でしょうか。バスの動きA-D-Gという動きはとても類型的なものですから、想像される和声進行はIIVIもしくはV(第2転回形)-VIというものです。

IIの和音はA-C-Eで構成されますので、第一ヴァイオリンのDが非和声音になります。もしVの和音ならD-F#-ACがつくこともあります。しかし今度はEが邪魔になります。個人的にはA-A-EをとってII-V-Iの和声進行とし、第一ヴァイオリンのDを非和声音とします。

            さてもしこれが和声の宿題であれば、おそらく第一ヴァイオリンのメロディーは(第3小節の頭から)

A-B-C-C-C+(トリル)

となるでしょうか。なんと魅力の無い、つまらない音型!

本物と比べてください。

A-B-E-D-C+(トリル)

            5小節目から転調が開始されます。まずはD majorに行きますので、C#が導入されます。7-8小節目で終止が発動されD majorとなります。しかし9小節目にいきなりFナチュラル出てきてD majorというよりはD minorによります。しかもバスはG#、つまり主調であるGを否定してしまいます。このような技法は勿論存在しますが、曲のこの時点で出すのはかなり早いです。さてこの和音はG#減7なのですが、Fナチュラルがため息の動きでEに落ちます。それにより和音もE7thになり3拍目でA minorに到着します。この瞬間先ほど導入されたC#の#が消えます。10小節目、9小節目と同じ動きです。こんどはEbが初導入され、3拍目G#Gに戻ります。11小節目には小節内でGG#が矢継ぎ早に現れ、12節目ではついに半音階スケール(E-Eb-D-C#-Cナチュラル-B

が第一ヴァイオリンとヴィオラによって奏されます。EbC#はすでに紹介されていますから、まったく唐突な感じがしません。

            13小節から14小節にかけて終止が発生し、行き着く先はなんとG minorG majorの曲なのですがね。しかしこれにより今度はBbが紹介されます。これを契機?にこの曲初のTuttiになり音楽も盛り上がります。16小節目ついに盛り上がりも最高潮に達し見栄をきります。C minorです。ん?ここで序奏の役割を思い出して見ましょう。序奏というのは主部が始まるのを期待させるものです。その為主調の属和音つまり、ドミナントを用意するのです。その為の技法としてはドミナント上で音楽を盛り上げるというのがあります。この曲最初の盛り上がりでこの場所で行き着いた先は、しかしながらC minorでした。D majorであるべきある場所で!「あぁC minorに来ちゃった。やり直さなきゃ」という感じでしょうか。ですから17小節目から再びトライです。今度こそD majorに行くために。

            この再出発をどう始めるかを説明する前に、ここまでのおさらいを簡単にしておきましょう。

1.D-G音型

2.半音階の積極的かつ早い・速い導入。

3.ため息のモーション

この3つだけですね。

            さて第16小節の最後の音から第一ヴァイオリンを見てください。

Bb-Eb-D

これは1と3の組み合わせですね。

Bb-F-Eb

これは1の拡大と3の組み合わせですね。そして3の連続で上昇していきます。そしてついにD majorに到着します。

   2についてお話していませんね。勿論17-18小節でも半音は出てきます。しかしそれより衝撃的なのものがあります。それをご説明する前に一体どれだけの音がここ16小節のC minor和音までに紹介されたか振り返りましょう。

G majorですから

G-A-B-C-D-E-F#の7音。そして上述したように

C#Fナチュラル、G#EbBbがでています。

つまり、

G-G#-A-Bb-B-C-C#-D-Eb-E-F-F#

というように、1オクターブ12音のすべてがすでに奏されています。では

17小節目から見ていきましょう。半音に絞ります。

BbEbFAbG#)、C#、上で書いた赤字の部分のすべてが、17小節目と18小節目に一気に使われます。赤字はG majorスケールに含まれない音です。

つまりハイドンはG majorの曲でありながら、この序奏で12音すべてを紹介し、自由に色々な和音を使えるようにしたのです。ワーグナーもびっくりでしょう。しかも思い出さなければならないのは、そんな半音階主義的にはまったく聞こえないということです。そしてそれはハイドンがC minorに行ってしまった理由でもあります。C minorに行かなければ、これほど自然に12音全部を紹介するのは難しかったでしょう。そしてその間違った調性へ行くということが、冗談でありながらも、彼の半音使用法の極意を指し示すことになっているのです。

            このような序奏はあまりにも多くの事が起きていて、凡人たる私の頭は飽和状態になります。それを知っていたハイドンは主部の主題を美しい管楽器の響き(たったの3人)で始めてくれます。しかもまったく半音主義的な音はありません。ようやく序奏冒頭のような単純明快な音楽となります。ほっとため息が出てくるようです。まったく愛らしい開始ですね。しかし26-27小節目の第2オーボエのトリルがお囃子のように聞こえて、ちょっと小ばかにされている?感じがするのは私だけでしょうか?

これ以上書くと長くなってしまいますので、終了させていただきます。

本稿がすこしでも多くの方にハイドンのすごさと面白さの理解への入り口となればこんなうれしい事はありません。

Laus Deo

2009年8月17日 (月)

のだめカンタービレ第22巻

ついに出ましたね。

一年間待ちに待ったのだめの最新刊。

不覚にも、他の方のブログを読んで発売されているのを知りました。

早速買って読みました。

のだめの気持ちが痛いほどわかります。

コンサート後の虚脱。

もう出来ないという想い。

21巻で千秋とルイのコンサートを聞いた時、彼女は理解してしまったんですね。

幼い頃から音楽をずぅっと勉強・演奏して来た2人と

自分の経験や知識の差というものを。

パリに来て2年、彼女はおよそ音楽の事だけを考え、練習し、努力してきた。

だから多少の自信・自負心もあったでしょう。

それがあえなく崩れ去ってしまった。

追いつけないと思ってしまったんじゃないかな。

実に不思議なことに彼女は自分の才能とかを客観的に判断することが無い。

つまり、出来る、出来ないではなく、「やる」の二文字しかない。

そしてもう「やれない」という限界に来てしまった。

そしてオクレール先生の言葉。

「何があっても音楽とともに生きるという覚悟」

本格的な勉強を遅く始めた人間にとって、これは絶対に必要な覚悟です。

子供の頃から練習していて、ごく自然にプロの道に入っていった奏者にとっては

こういう覚悟をする必要は無いわけです。

しかし、ふと思います。

のだめは「何があっても音楽とともに」生きてきたし、これからも生きるだろうと。

ただ、その生き方が、クラシック業界の普通の生き方とは違うだけだろうと。

そして違うからといって彼女の生き方に価値が無いわけではないと。

そしてもっと多くの人が、彼女のように、音楽(ジャンルは問わず)や芸術とともに

生きていけたらなんて素晴らしい事だろうと。

実際の所、昨今のプロ・アマの分業制は少し行き過ぎだと思います。

東京にはアマ・オケが200くらいあってアマチュア奏者の数は多いけど、

そういうことでは無く、すべての人間が何らかの形で、芸術から精神の糧を

得るような、また得る術を得られるようになったら良いのにと、思うわけです。

私は音楽家だし、クラシックを生業にするわけだから、クラシックの魅力を伝えたい。

リスニングもそうだけど、もっと多くの人が楽器を演奏して、簡単な室内楽を家族で演奏

するような時代を作りたい。

そうすれば、のだめのような超天才を受け入れる器がもっとできるのでは無いかな。

ただ悲しいのは、のだめが、「音楽と向き合う」という言葉の本当の意味を、

理解しない・したくないという事。

ただその一点だけが、悲しく響くのです。

J.S. Bach - St. Matthew Passion "Aus liebe"

愛ゆえに 私の救い主は死に瀕しておられる。

主は何らの罪も知らずしてただ永遠の滅びと

審判の刑罰が私の魂にふりかかることがないために

2009年8月 4日 (火)

モーツァルトの未発表曲、オーストリアで初披露

http://jp.reuters.com/article/entertainmentNews/idJPJAPAN-10359020090803

モーツァルテウムのHPに行ってきました。

この記事は日本語版には無いので、英語かドイツ語でお楽しみください。

下記は英語でのURL:

http://www.mozarteum.at/00_META/00_News_Detail.asp?SID=917501882175445&ID=15287

それにしても、読んでびっくり。

Until now, the two piano pieces that survive in the hand of Leopold Mozart were classified as anonymous compositions. They already had been published in the Neue Mozart-Ausgabe (“New Mozart Edition”) (NMA) in 1982 within the volume of “Notenbücher” (Music Books) but have not been recognized as compositions by Mozart.

  現在まで、これら2つのピアノ曲は(レオポルト・モーツァルトの手による手書き譜

  として残され)、 作曲者不詳とされていた。

  そしてすでに1982年にはモーツァルト新全の“Notenbücher” 巻の中に含まれ

  出版されている。

  これらの曲はモーツァルトの曲としては認められていなかった。(筆者訳)

なんだよ。

これって未発表曲って言うか?

今回、アマデウス作曲の曲として認められたってだけじゃん。

ちょっと大げさじゃね?

初披露って、、、

別にNMAにあるんでしょ。

じゃぁ誰でも弾けるじゃん。

イマイチなネタだったなぁ。。。。。。

記念すべき100th エントリーだったのに、、、、、

2009年8月 3日 (月)

指揮のビデオをアップしました。

タイトルどおりです。

youtubeにアップしました。

チャイコフスキーの弦楽セレナーデ作品48、第3楽章

例によってピリオド情報を使用してのパーフォーマンス及び解釈になります。

同作品のフィナーレです。プロフィールの中に貼ってあるものと同じです。

2009年8月 1日 (土)

ヤマカズさんのCDとベートーベンの第9

昨日は久しぶりに新宿のタワーでお買い物。

その時昨日書いたヤマカズさんのCDを試聴することができた。

札幌交響楽団とのライブによるベートーベン交響曲全集からエロイカ。

私は長時間の試聴は生理的にできないので、長くは聞いていないのだが、

第一楽章のテンポの良さは特筆ものである。

早くは無い。遅くも無い。しかし中庸という言葉では申し訳ないくらい良いテンポである。

何と言ったら良いか、、、、

あの日、あの時、札幌交響楽団が出しうるもっとも充実した音を出させるテンポ。

これでは何のことかわからないのだが、ほかに思いつかない。

つまり、テンポというものが、テンポだけ独立して指揮者の解釈の表しているのではなく、

オーケストラの持つポテンシャルという要因があのテンポにさせたのではないかと

思うのである。音の充実とテンポが切っても切れない関係として、耳に届く。

したがって、「速いなぁ」とか、「筋肉質の音だなぁ」とかの分析的聞き方ではなく、

素直に、「いい演奏だ」から入ってしまった。いや、入らされてしまったのだ。

その上で、何が良いのかを考えさせられてしまった。

こんな風に考えさせられる演奏はそうそうない。

しかしいきなりこれだけで全集を購入する事はできない。

隣には京都交響楽団とのベートーベンの第9のCDがあった。

1000円である。しかもこれも試聴できた。

さて隣の試聴ブースにはヴェルザー・メストとクリーブランド管による

同じくベートーベン第9の新譜が置いてあった。

ちょっとした聞き比べの始まりである。(注:全編通し聞きしたわけではありません)

まずはヴェルザー・メストから。

べらぼうにうまい演奏だ。

テンポは速めだが、ゆとりがある。

そしてリズムの処理が正確無比である。

アンサンブルの精度の高さもピカイチだ。

第4楽章は面白かった。

オブリガードソロのオーボエのうまい事。

完全にソロとして弾いている。

またそれだけはっきりと聞こえる。

そして合唱の扱い。

ディクションがすごい。

よく聞こえる。

音を短めにして(スタッカートぎみ)にして子音をしっかりだしているのが成功している。

そしてフレーズをいちいち終わらせるのである。

短いフレーズの集合体としての息の長いフレーズという感覚はゼロだ。

つまり、歌わない。もっとぜんぜん語りに近い。

フレージングの短さは、ディクションのよさに起因していると思われる。

つまり語ることを第一に考えたやりかただ。

そのため、ローカルなリズムのよさが際立っている。

しっかりとした拍節感が聞こえる。

音楽的面白さや共感度という話は脇に置こう。

とにかくうまい演奏だ。

ではヤマカズさんの演奏は?

演奏の完璧主義的観点から見れば、かわいそうになるほどの差がある。

録音の悪さがこれを助長しているとは思えるが。。。。

ところが、不思議な事に、説得力のある演奏は?と聞かれれば、

ヤマカズさんの演奏と答えるしかないのである。

これは一体どういうことなのか?

これを知るために、このCDを購入しタワーを後にした筆者であった。。。。

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