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2009年12月

2009年12月30日 (水)

やった!!!!!!!!

もう書かないと書きましたがあまりにも嬉しいので書きます。

Sir Roger Norringtonが5月に主兵シュテュットガルト放送交響楽団と来日します。

詳細は以下のサイトで。

http://www.samonpromotion.com/live/srso/index.php

あのエニグマ変奏曲がまた聴ける喜び!

そしてドボ7!

自分はサー・ロジャーのドボルザークをライブで聴いて事がないので、わくわくします。

5月12日と13日。

両日とも行きます!

年の瀬に最高に嬉しいニュース!

来年はいい年になるぞ~~~~~~~。

2009年12月28日 (月)

今年最後の更新

来年には必ず書きます!

① サントリー・ホール ブルー・ローズでのウンスク・チンのコンサート評

素晴らしかった。あんなに知的好奇心を満足させられたコンサートはちょっと例が無い。

現代音楽の面白さを満喫した。

② 『ハイパー・メーターとフレーズ』シリーズ

http://dialzero.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-6de9.html

以前①を書きました。

モーツァルトの40番を使用してその使い方を書こうと思ったんですが時間がない。

来年は絶対書くぞ!

③ ピリオド情報シリーズ

関係図書から適当に選んで翻訳しながら自分の考えを混ぜていこうと思っています。

第一回はメヌエットを予定しています。

④ 『ハイドンを楽しむための』シリーズ

http://dialzero.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/post-46ec.html

以前序論を書きました。続ける予定です。

⑤ シェンカー理論シリーズ

http://dialzero.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_dd87.html

これも書かねばなりません。翻訳を混ぜながらの作業となるでしょう。

これ以上書くと自分の首を絞める(もう結構絞めてますが)ので、やめとこ~ぅ。。。。

良いお年をお迎えください。

右近

2009年12月25日 (金)

韓国に行ってました。

用事があって行ったのですぐ帰ってきましたが、それでも驚くべきものに出会ったので、

報告します。

なんと

最近の車って

ないんですね。

韓国のSausungが出したNew Modelだそうなんですが、鍵がない。

鍵の代わりになるのはカード状の小さい板で、しかも、、、、

それを身に着けた状態(内ポケットに入れておくとか)でドアに手でさわると

そのドアが自動的にアンロックされるそうです。

エンジンはそのカードも身につけている人がボタンを押すとかかるそうです。

知人が実際に乗っているので、私も乗りました。

私はこういうネタには疎いのですが、とりあえずびっくりしました。

2009年12月18日 (金)

NY Timesの批評から①

夕方何気なくNY timesのウェッブを覗いたらちょっと興味深いコンサート・リビューがあった

http://www.nytimes.com/2009/12/17/arts/music/17rilling.html?_r=1&ref=music

ヘルムート・リリングと彼のコーラスGächinger Kantorei(ゲヒンガー・カントライ)が

ニューヨーク・フィルに客演し、ヘンデルのメサイヤを演奏したコンサートの批評である。

指揮者だけでなくコーラスも招待するとはニューヨーク・フィルも太っ腹!

だなぁ、最近の経済状況から考えると、、、、、と思って読み始めたら

いくつか興味深い記述があったので、抜粋して紹介しよう。

Large modern orchestras sometimes offer renditions of the “Messiah” that sound thundering and heavy compared to leaner versions by period-instrument groups.

”ピリオド楽器アンサンブルの線の細い演奏と比べると、巨大なモダンのオーケストラは時として重く、雷鳴のような音で『メサイヤ』を演奏する。

But under Mr. Rilling’s eminent baton, the reduced forces of the Philharmonic produced an impressively taut, buoyant and sharply etched sound, playing with a vibrant pulse and almost no vibrato.

しかしリリング氏の突出したバトン(指揮)のもと、サイズを刈り込んだフィルハーモニックは緊張感と明るさと鋭さをともなった印象深いサウンドを作り上げ、鮮烈なパルスを保ちながら、ほとんどビブラート無しで演奏した。”

とりあえず、どれくらい少人数だったのかはこの記事からはわからないのが残念。

というのも、あのフィッシャー・ホールで8型だったら

後ろの席の人には音が小さすぎると思うからだ。

それでもバロック的サウンドを思考しているわけだからやっちゃうわけだけど、

音量についての言及はないから大丈夫だったのかな?とも思し、

それならば音響改善策を最近また施しているのかなぁとも思うわけである。

そして『ほとんどビブラート無し』だそうである。

ヘルムートは『ビブラート完全に無し』は要求しないだろうからそれはそうだったんだろう。

それにしても、アメリカもようやくピリオド情報を使って演奏するのが

普通になりつつあるのだなぁと思う。

あの国は基本的には古楽運動に限って言えばかなり後進国だった。

それは今年になってようやくJulliardが古楽科を設立した事が端的に表している。

しかしローカルで頑張っている奏者は多く、

古楽器のコンサートそのものはとても多かった。

しかしオーケストラと言える体裁を持ったグループは非常に少なかった。

私がいた頃はNY Collegium(音楽監督はなんとアンドリュー・パロット)があったけど、

今この団体のウェッブ・サイトを見ると、

なんとシーズンの予定が2006-07までしか無い。

あとはワーク・ショップしかやっていないようだ。

そのような寒い状況のなか、ニューヨーク・フィルが行った事は特筆に価すると思し、

これを機に、モダン楽器奏者がピリオド情報を用いて演奏するという、

私にとっては嬉しい状況がさらに促進される事を願ってやまない。

それにしても、信じられないのはドイツ人指揮者たちである。

ヘルムートは今年75歳だったはずだ。

シンフォニーを相手にしている同年代・少し若い世代の指揮者達が基本的に

ピリオド情報を無視もしくは拒否しているのに、ノン・ビブラートだけでなく、

Mr. Rilling favored brisk tempos on Tuesday and the choir — distinguished by its precise diction, crisp articulation and control — sounded cleanly fluid even in the fastest passages. The transparency of their immaculate singing was boosted by carefully shaped dynamic contrasts.

”リリング氏はきびきびしたテンポを好み、合唱は発音の正確さと短くはきはきとしたアーティキュレーションとコントロールにより、どんなに早い箇所でも、クリアーで滑らかに歌った。一転の曇りもない透明な歌唱は注意深く造型された強弱の対比によりいっそう輝きを増した。”

という事である。

これはすごい事だ。

合唱においては通常は音・発声・発音などはまず音のまろやかさに献身し、

美しくブレンドされた音を目指すものであろう。

したがってヘルムートが目指しているものが何であるか明白だ。

まったく驚くべきことだと思う。彼の年齢なら、

フルトヴェングラーやワルター、クナやカラヤンや、、、、、

とにかく戦前世代の洗礼を受けたはずである。

それらが原体験であるはずだ。

原体験、すなわち刷り込みというのはなかなか厄介で、なかなか抜けだせない。

ムーティやバレンボイム、コリン・デービスなど近年の研究には興味ありません的な態度

である人々を尻目に、なんとまぁモダンなことだろう。

こういうモダンなベテラン指揮者に会うといつもドイツ人だ。

恩師であるハンス・ボイアーレ氏も、ブラレクでノン・ビブラートについて語った。

また今年の3月に聴いたロッチュ氏のマタイも、きびきびしたテンポが基本になっていた。

カール・リヒターでは考えられないようなテンポであった。

ドイツ人というのは、これが正しいと思えばあっさりと過去を捨て、すぐに新しいものを

吸収し我が物にしてしまうものなのだろうか。

ある意味ドライなんだろう。

しかし自分がしていることに対する情熱と集中力が異常に高い。

昔の演奏の録音を聞きつつ、ピリオド情報をファッション的に使う(勘違いが多い)

若い指揮者よりも遥かに吸収力が高く、音楽的なのは本当にすごいと思う。

精進せねば、、、、と思う。

そして最後になるが、ドイツ人指揮者とドイツの合唱団が招待され、

ニューヨーク・フィルと地元で演奏した事は意義深い。本当に。

なぜなら、ニューヨークはユダヤ人の町だからだ。

メサイヤではなくバッハのH-mollからクレドです。 はっはやい!

2009年12月16日 (水)

三頭のキリンと巨大な犬

うちの近所には夜毎3頭のキリンが現れる。

その3頭は一心不乱にお台場方面を見続ける。

その姿は本当に愛らしく、

夏には一服の清涼剤であり、

冬には、家路を急ぐ私に、『ほっ』と一息を与えてくれる。

この3頭の隣には身の丈が同じという犬がいる。

この犬、首の長さは普通のくせに、頭の位置はきりんと同じという、

それはそれは大きい犬なのだ。

そしてこの犬も、

なぜとはしらず、お台場方面を一心不乱に見ているのだ。

しかしてこの3頭と1匹は夜毎一緒に現れ、

何に思いを馳せておるのか、、、、、

運河を横切る橋の上より見つめる私には、検討もつかない。

しかしその姿勢が、

一心不乱な気持ちが、

伝わってきて、頭が下がる思いだ。

しかし今日、きりんはいなかった。

消えてしまったのだ。

いつも同じ位置に立っていたきりんは、

入なくなってしまった。

犬だけが独り、未だにお台場方面を見つめている。

2009年12月 5日 (土)

12月5日に聴いたピアノ

今日女の子がピアノを弾いているのを聴いた。

シューベルトだった。

そのコは猛烈なスピードで弾いていた。

そのコは音楽に集中していた。

いや、深く入り込んでいた。

音が違おうが、

リズムが狂おうが、

一心不乱に弾いていた。

彼女の曲に対する想いと、

実際になるわたる音と、

思うように、いや、心が望むように動かない指に対する憤りと、

やりたいことが出来ないために生じる不満、

そのギャップに対する切なさが混じった

演奏だった。

いや、練習していたわけなのだが、、、、、、

指には痛々しいバンドエードが張ってあった。

『腱鞘炎になんか負けるか』

ぼそっとささやいたその言葉は、

痛かった。

神よ、お願いだから、こんなにも音楽を愛している子には、えこひいきしてやってください。

すべての人間を平等になんて言わないでください。

未だかって、筋肉や骨を強くするという話は聞いたことはあるが、

神経を強くする方法はわかっていない。

勿論、性格のほうの神経ではなく、我々の体に張り巡らされた、線の話。

それを傷めない、それに負担をかけないための奏法は探求されているけど。。。。。

そのコの音は、けっして叩きつけるような事はしていない、魅力的な、それでいて、

複雑な音だった。

暫くは、耳に残るだろうな。。。。。

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