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2010年1月

2010年1月29日 (金)

シューマン作曲:オペラ『ゲノフェーファ』作品81②序曲について①出会い①

先日流山フィルで演奏させていただいた曲でした。

お話を頂いたときに真っ先にお願いした曲でした。

今年がシューマン生誕200年という事は頭にはありましたが直接的な動機ではありませんでした。

私はこの曲をやりたくてしょうがなかったのです。

この曲をはじめて聴いたのはたしか、、、モーツァルト・イヤーの前の年だったはず、、、、?

まぁいいや。

あの年、私は奨学金が出たのでゲーテでドイツ語を勉強するためにアメリカを旅立ち、ドイツのフライブルグに

一ヶ月滞在したのだった。

そしてちょうどゲーテの初日の直前にザルツブルグでカメラータ・ザルツブルグとコンサートをするらしかった

サー・ロジャーを尋ねたのだった。

ザルツブルグ・フェスティバルでのコンサートでオール・シューマン・プロのリハーサルにお邪魔したのだったっけ。

あの時が『ゲノフェーファ』との出会いだったなぁ。

to be continued.....

2010年1月19日 (火)

流山フィルハーモニー交響楽団:2010年1月17日

演奏会終了しました。

ご来場頂きまして有り難うございました。
何かしら感じていただけたなら幸いです。
次回6月の定期にも出演いたします。
またよろしくお願い致します。

流山フィルの皆様

お疲れ様でした。
まずは今回で退団されるお二人に。


『内声が好きなんです』と仰っていただいた貴女が居なくなると、内声(セコバイ・ヴィオラ)に充実した歌を歌って欲しい私として寂しい限りです。今回貴女の努力と熱意にどれだけ勇気づけられたかわかりません。
ありがとう。

そして今回のコンサートを成功に導いた貴方が居なくなるのは寂しいかぎりですが、
いつか一緒にハーフ・マラソンできるところまで行きたいと思います。
いや本当に。
有り難うございました。

そしてまた一緒演奏した皆さんへ、南流山駅前で買ったこの本からの言葉を送ります。

    やっぱりねぇ、音楽は『生もん』っていうかな。この『生もん』っていうのは、しょっちゅう動いてる、変わってるっていうこと。まぁ、日々、変化していくものなんですよ。だから、右のほうに変化すれば、右に変化したことに対応できるように、こちらも考えなくちゃならない。だからこそ面白いんじゃないですか。だからこそ自分にやるべきことが生まれてくるんですよ。やるべきことがあるし、対応のしかたを変えなきゃならんしね。だからやり続けられる。
                        (中略)
だから、これがねぇ。変化もなくなって、パターン化してしまったら、つまんないじゃないですか。うん、つまんない。もう変える必要もなくなってきたときは、ひょっとしたらもう熱くもない。ほんとうにもう、終わっちゃうんじゃない。だからこうやってずーっと、どうなんだどうなんだってもがいているうちは、そんな、上から下に教えてやるような態度なんかしてる場合じゃないし、できないよね。あるわけないんだから。。。。
                      
次も頑張りましょう。
またよろしくお願いします。
変化への対応は一人ではできませんから。


    

2010年1月10日 (日)

告知:コンサート、1月17日

1月17日(日)午後14時開演。

流山フィルハーモニー交響楽団

シューマン:序曲『ゲノフェーファ』

ハイドン:交響曲第100番『軍隊』

ブラームス:交響曲第2番

場所:流山市文化会館

Ccf20100110_00000_2

お辞めになるそうです。

Paavo Järvi (パーヴォ・ヤルビ)

音楽監督:シンシナティ交響楽団

      ドイツ・カンマー・フィルファーモニー・ブレーメン

      フランクフルト放送交響楽団

      パリ管弦楽団

と4つのオーケストラに君臨するパーヴォさんが、

来シーズンをもってシンシナティを退任されるそうです。

まぁ、切るならシンシナティでしょうね。なんといっても地理的な負担が減る。

あとニュースによれば、シンシナティ約85億円の寄付を

Louise Nippertさんから受け取ったばかりで、経済的にも安定しているとの事。

当然ヤルビの活躍がそうさせたわけだ。

シンシナティはすごく良いオーケストラになったしね。

さて後任は大変だ。

ラトル後のバーミンガムが苦労してるのと同じ状況にならんように祈ります。

 

2010年1月 8日 (金)

シューマン作曲:オペラ『ゲノフェーファ』作品81①

ロベルト・シューマンが書いた唯一のオペラである本作品は序曲こそ演奏されるものの、

オペラそのものはめったに上演されない。

オペラ全曲の録音も少なく、

CDではアーノンクールの輸入版が手に入れやすいくらい。

DVDも一つしか知らない(これもアーノンクールの指揮、オケは別)。

しかし序曲は別で、色々と録音もある。大好きな曲だ。

あらすじは大変申し訳ないが、ネット上で探していただくとして、

なぜあの19世紀孤高の天才、今年目出度く200歳になるシューマンのオペラが

人気がないのか、音楽の面から考えてみたい。

最大の問題点は『華』の部分が無いことだろう。

したがってメリハリに欠ける。

最初の70分の間に聞かせどころとなるようなアリアの2つくらいはあっても良いのだが、

ない。

いや、アリアやデュエットはあるにはあるのだが、

それはなんというか、、、、

あまりに内向的というか、

盛り上げる事を考えてないというか。

ハイCで絶叫!みたいな見せ場も無い。

美しいか?と問われれば、YESなのだが、

では思い出せるか?と問われれば、NOになってしまう。

リートの世界に寄りすぎと言えば良いのだろうか。

ちなみこのオペラの一番最初の音楽、序曲が終了し本編が始まるときに流れる音楽は、

コラールである。

初めて聴いた時は度肝を抜かれた。

こらーる!!!

バッハのカンタータじゃぁあるまいし、オペラにコラールって、、、しかも冒頭に。

あえて言えば、このコラールがこの後くる音楽すべてを象徴しているのかもしれない。

シューマンが言っているかのようだ、

『いかにもオペラ(イタリアオペラ)みたいなものは来ませんよ。

それはドイツの精神性に反するからね』と。

コラールによって生み出されたある種の厳粛性がペダルトーンとして常に、

オペラ全体を貫いているようだ。

したがって、 アリアが終わったところで拍手を入れるを一瞬躊躇してしまうのだ。

オラトリオを聴いているかのようだ。

ワーグナーの音楽なら、メリハリなど無くても、

圧倒的なパワーで持っていかれる。

シューマンにはそれもない。

あくまで繊細な音楽の集まりだからだ。

第2幕の終わりはオペラティックで緊張度も高い。

そして第3幕第一場はそれまでのが嘘のように、オペラ的充実度は高く、

この作品の白眉と言って良い。

しかし待たされすぎだ。

ここまで来るのにすでに1時間以上経っている。

全体のほぼ半分だ。

そして、全編を通じてやはり、

暗いなぁ~。

第4幕第1場のゲノフェーファのアリアは本当に美しい。

ここには恍惚とした響きが、、、、

そしてエンディングだが。

なんと神への賛美とコラールで終わるのだ。

いや、それは正しくない。

一応、最後はゲノフェーファと主人ジークフリートを褒め称えて、景気良く終わろうとする。

しかし、私の耳には、それは本当に取って付けたように響く。

コラールで終わればよかったのではないか?

そうあれば、このオペラが実は、劇的オラトリオであると納得もされように。

そのような聖なるものへの参加として聴けば、

これほど美しい曲はそうそうあるものではないのだが。

ヴェルディやプッチーニ、ロッシーニをオペラの基準とすれば、このオペラは

退屈である。

YESである。

しかし、目の前になる音楽を虚心になって聴けば、

その美しさ、

うちに秘めた強さ、

細やかに表現された心のひだを聴き取れる、感じ取れるはずだ。

第2幕より

これだけ聴くと本当に美しいと思うのだが、、、、、

2010年1月 1日 (金)

2010 begins!

Happpppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppy

Neeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeewwwwwwwwwwww

YEAR!!!

明けましておめでとうございます。

旧年中はお世話になりました。

本年も宜しくお願い致します。

毎年やれもしない目標をたてるので、今年は小さい目標を。。。

『柔軟体操を習慣化する』

これだけです。

私は体が硬いです。

前屈で地面に手が届いたことがありません。

腱鞘炎対策という意味も含め、今年は体のケアが大事です。

将来はイナバウアーが出来るようになりたい。。。。。。(笑)。

では宜しくお願いします。

右近

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