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2011年2月

2011年2月14日 (月)

告知:コンサート、3月6日(日)

18世紀音楽研究会ハイドン コレギウム第2回演奏会

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日時:3月6日(日)13時30分開演、13時開場(プレ・トーク、、、あるかもしれない、まだわかりません)
場所:五反田文化センター

プログラム
ハイドン:交響曲第2番、10番、バイオリン協奏曲第1番
JS バッハ:小ミサ曲へ長調BWV233(抜粋)

指揮:右近大次郎

宮島華子(バイオリン独奏)

演奏: ハイドン コレギウム (Haydn Collegium Players and Singers)

お問い合わせ: カンマーザール Tel 042-522-3931
チケット:1000円(全席自由)

宜しくお願い致します。
右近

2011年2月12日 (土)

團 伊玖磨作曲「夕鶴」鑑賞記

2月6日(日)最終日に行ってきました。

正直行く前は不安でした。

わざわざシューマンの「ゲノフェーファ」日本初演を蹴ってまで行く価値があるのか。

日本語の歌ってディクションが難しいし、話はおよそ誰でも知ってるあの話だし、

團 伊玖磨さんの曲ほとんど初めてみたいなもんだし。

これでつまらなかったらどうしよう。

とまで考えました。

無知とは恐ろしいものですね。

終わってみれば、恥ずかしいの一言です。

自分の未熟さを露呈しただけでした。

つまり、それだけ素晴らしかったわけです。

このオペラと出会えたことに感謝。

歌手陣のレベルの高さに感謝。

Twitterにも書きましたが、兎に角、

つう役釜洞佑子さんが素晴らしかったです。

もうたたずまいから存在感が違います。

ああいう立ち方って日本人にしか出来ないかなぁ。

ああいう立ち居振る舞いって日本人だよね。

しかも昔の。。。

そう、時代劇みてるみたいでした。

勿論昔のね。

DNAでしょうかね。

これはもう外国の歌手ではちょっとやそっとでは無理です。

超日本でした。

つうがつまずく所があるのですが
(アクシデントのように見えました、計算でやっているのならそれほど迫真の演技です)

その倒れ方からの一連の流れもそうでした。

そして歌ですが、

あれほど日本語が明瞭に聞き取れるとは!

ディクションに関しては出演者全員素晴らしかったです。

面白かったのは高音でつうが「さようなら」と歌う箇所は「そようなら」的に歌ったところと

与ひょうが「つ~う」と呼びかけるときにまず「T」をだしてから「う」の母音を出したところです。

両方ともちゃんと言葉になってました。

やはり何を言っているのかを読まずに理解できると「初物」であっても感じ方が違いますね。

以前バーバラ・ボニーのリサイタルの模様をTVでやっていて、赤とんぼをアンコールで歌いました。

その時に、言葉がわかったり、わからなかったりして結構気持ち悪い思いをしたのです。

今回はそんなことは一瞬もなかった。

さて、歌そのものもWonderfulでした。

テノールの経種廉彦さん、明るい声で迫真の歌唱。

あまりの見事さに、

終盤は与ひょうの愚鈍さというか幼稚さに対して憤りを感じてしまいました。

それとはまったく対称的に釜洞さんのつうは、毅然というか、燐としてました。

つうの思いの強さ、苦悩、絶望、深い声でした。

こちらも感情移入し、一緒に泣きそうでした。

時には能を感じさせるような、静けさとピンと張り詰めた声。

ビブラートを意識して抑制し、ストレートな声での表現。

Bravaです。

舞台装置は「simple is best」を字で行くようなものですが、

現代的で洗礼されていて、とても美しかったです。

MET・ゼッフィレリのように、豪華さとかでため息をつかせるものではなく、

ワビサビを感じさせるものでした。

白で統一された色合いのおかげで、他の色が衝撃的なほど映えました。

つうが覚悟をし、機を織ると決めたときに、寝ている与ひょうに布団をかぶせるのですが、

裏地が赤なんです。

それを一度自分の方に引き寄せます。

あぁ、彼女は血を流しているんだ。

心も、そして、自らの羽を抜くことによって身体からも。。。

あまりのリアルさに、「これはベリズモだ」と考えてしまいました。

その路線で指揮された高関さん(TwitterにおいてPucciniと同じように演奏するとつぶやいています)と

東響の演奏も大変良かったです。

それにしても編成は小さめですね。

木管2-1-1-2ですよ。

ソリスティックな箇所も良かったですが、Tuttiの音圧・音色も良かったです。

若干声を超えた瞬間もありましたが、、、それも表現の真実性をあげるのに寄与していました。

それにしても、まさか「鶴の恩返し」がこんなに深い話だとは夢にも思わなかったです。

それについてはまた次回。


2011年2月 5日 (土)

Milton Babbittの死:ある時代の終わり

1750年、ヨハン セバスティアン バッハの死をもってバロック期は終焉を迎えた、、、、

わけが無い。

バッハの死よりも前から、バロックスタイルの作曲法は衰退を見せていた。

バッハが死んだとき、すでに古典派は始まっていたのである。

もとより、ピンポイントでいつ、何々が終わったなどといるものではない。

しかし、「バッハの死」はバロック期という時代の終焉とするだけの意味を持っている。

アメリカの作曲家ミルトン・バビット(Milton Babbitt)が亡くなった。

彼の死は、ある時代の終焉を私に感じさせた。

NYTimesにバビットの記事がある。

それを適当にまぜながら話を進めよう。

バビットはアメリカ作曲界の巨人であり、エリオット・カーターを並ぶ大御所であった。
そして多大な影響を与えたのでした。

NYTimes:
Mr. Babbitt was the first to use this serial ordering not only with pitches but also with dynamics, timbre, duration, registration and other elements. His methods became the basis of the “total serialism” championed in the 1950s by Pierre Boulez, Luigi Nono and other European composers.

バビット氏は(シェーンベルクの行ったような)順番付け(serial ordering)をダイナミクス、音色、音価、音の高低やその他の要素に使用した最初の作曲家であり、このような方法は1950年代にピエール・ブーレーズやルイジ・ノーノ等ヨーロッパの作曲家達のトータル・セリーの基礎となりました。

バビットはこの方向への研究を進め、最終的にはAll Partitionというところまでいきました。
これが何かは説明不能です。彼は教師として、彼の曲の作曲理論をいたるところに書きましたが、
難しすぎて理解するのに時間がかかります。

こう書くと、彼の音楽は難解な現代音楽であり、

所謂アカデミズムの権化ではないかと思われるかもしれませんが、実はそのとおりです。


彼は1オクターブ12音を如何に配列するか、その結果何が得られるかを追求しました。

究極的には常にAggregateがある状態を保つことというのが彼の作曲の根本にあったように思われます。

彼の作曲理論は後続の作曲家たちに影響を与えました。

英語でSerial Musicと呼ばれますが、特に音楽理論の専門家達からの賞賛は比類がありません。

従って、大学教授達はこぞってSerial Musicを、Babbittの音楽を授業で教えます。

アメリカの現代音楽を考えるときにMilton Babbittの名は避けて通れません。

「アカデミズム」という言葉はわりと否定的に響きます。

しかし、バビットは途中でひよる事もなく、折れることもなく、浮気することもなく、ただひたすらに

Serial Musicを追求し、深化したのでした。

研究し尽くすという態度。

私は美しいと思います。

そうして出来た曲の中に私はBeautyを見つけます。

それは心地よい音ではありません。

美しい旋律もありません。

いわんや鼻歌できるものすら存在しません。


しかし、それでもBabbittの曲は"Beautiful"だと思います。

さてBabbittという人はどんな人だったのでしょうか。


He often said in interviews that every note in a contemporary composition should be so thoroughly justified that the alteration of a tone color or a dynamic would ruin the work’s structure. And although colleagues who worked in atonal music objected when their music was described as cerebral or academic, Mr. Babbitt embraced both terms and came to be regarded as the standard-bearer of the ultrarational extreme in American composition.
    
彼はインタビューにおいて「現代曲の全ての音は完全に説明されるべきであり、それ故に、音色の変更や強弱の変更は曲の構造を台無しするのです」。通常アカデミックとか脳みそ用(cerebral)とか言われれば否定するものですが、彼はそのような言われ方も暖かく受け入れ、アメリカ作曲界の超究極的論理派の旗手と考えられるようになります。


“Why refuse to recognize the possibility that contemporary music has reached a stage long since attained by other forms of activity?” Mr. Babbitt wrote. “The time has passed when the normally well-educated man without special preparation could understand the most advanced work in, for example, mathematics, philosophy and physics. Advanced music, to the extent that it reflects the knowledge and originality of the informed composer, scarcely can be expected to appear more intelligible than these arts and sciences to the person whose musical education usually has been even less extensive than his background in other fields.”

「なぜ現代音楽到達した領域を認めることを拒否するのでしょうか?この領域は他の分野ですでに認められているというのに。かつて、数学や、哲学、物理などは特別な準備をしなくても普通に教育された人なら、理解する事ができたのに。しかし、訓練された作曲家のオリジナリティーや知識を持った曲が音楽教育をちゃんと受けていない人(物理とかと同じレベルで教育されていない)には理解されることはない。

白衣を着てフラスコを振りながら作曲するような頑固で変人?でしたでしょうか。
プライベートではとてもユーモラスの人だったと聞いています。


しゃべるしゃべるしゃべる。。。。恐ろしく論理的ですが。。。。

プリンストン大学で教え、アメリカでは勿論演奏されています。

指揮者ではジェームズ・レヴァインが新曲をComissionしたりしています。

しかし

Mr. Babbitt’s orchestral music is so exceedingly complex that both the New York Philharmonic, in 1969, and the Philadelphia Orchestra, in 1989, postponed premieres when the available rehearsal time proved insufficient.

バビット氏の管弦楽曲はあまりに複雑で、NYフィル(1969)とフィラデルフィア響(1989)はリハーサルの時間が不十分であったため、初演を延期する事になった。

というのように困難・難解でもあります。


しかし、バビットはもういません。

いや、実際のところ、厳格なSerial Musicなど今時誰が書くというのでしょうか。

スタイル的には時代遅れと言って良いでしょう。

今や、作曲家達はありとあらゆる技法を用い、自らの感性を信じ、個性的な曲を書いています。

現代音楽がプロオケのプログラムにのる事は日常茶飯事になりました。

一部のコアなファンだけではなく、人気作曲家も出てきました。

そういった意味ではアメリカン・アカデミズムは終焉を迎えていました。

「バビットの死」は「バッハの死」と同じように、

アメリカン・アカデミズムの終焉とするだけの意味があります。

バッハの音楽が決して「死」を迎えることがないように、

バビットも音楽も決して「死」を迎えることはないでしょう。

Milton, thank you for your all the effort for contemporary music and wonderful compositions.

We will miss you.

LOVE

Daijiro Ukon


傑作:A Solo Requiem


Twitter

つぶやいています。

@ukondaijiro


こちらも宜しくお願い致します。

2011年2月 3日 (木)

カンディンスキーと青騎士展

昨日行ってきました。

http://mimt.jp/aokishi/

空いていたのでじっくり見れました。

なんといってもある程度距離を取って絵を眺められたのでよかったです。

混んでる至近距離だけになっちゃうからね。

絵は距離で全然印象が違うし、見え方が違うので、堪能でした。

まず入るとレンバッハによる自画像とビスマルクの肖像が出迎えてくれます。

暗い色彩のなかで圧倒的な存在感のある人物画。

しかし次の部屋から様相は一変します。

カンディンスキーの初期の油絵。

1903年頃のものですが、まったく知らなかったので大変興味深く拝見しました。

ゴッホのようであったり、スーレのようであったりしましたが、そのどちらとも違う個性がそこに認められます。

個人的には立体感が素晴らしいと思いました。

果てしない空間が絵の向こうにあるように思われて。。。

抽象的になるにつれて、この立体感・奥行き感が無くなっていくのが個人的には残念でした。

初期のカンディンスキーをもっと見たくなりました。

展覧会で絵画を見るときは必ずその時代の音楽を絵から聴き取ることが出来るかを試すのですが、

今回は両者の繋がりが聞こえたように思います。

演奏方法や解釈へ反映させる事が出来るインスピレーション。

絵から受けた印象を曲に重ねたと言うべきでしょうか。

それにしても、この丸の内の美術館はなんともムードの良い場所にありますね。

ロケーションも含めてとても良い展覧会でした。

【追記】

クレーが一点だけありました。

初期のクレーってば、、、魅力ないなぁ。。。。

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