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2011年7月

2011年7月21日 (木)

「明日」②

Schwarzkopfが歌っています。
バックをつけているのは鉄壁のジョージ・ゼル。
この綿密で見事な伴奏、いやSchwarzkopfの歌と一体となって曲を作り上げるパートナー。
本当に見事である。
ゼルでなければこれほど見事な演奏にはならなかっただろう。

さて実は先日ご紹介したヴンダーリヒのものよりもこちらの方が好きなのである。

なぜか?

それは詩に対するアプローチにある。

And tomorrow the sun will shine again,
そして明日再び太陽は輝くでしょう。

and on the path that I shall take
そして私が行くその道において、

shall we,lucky ones, again become one amid this sun-breathing Earth.
幸運な者は太陽が息ずくこの地球の中で再び1つとなるでしょう。

And to the beach, broad and blue-waved,
そして広き、青き波が打ち寄せる浜辺へ向かって

we shall descend quiet and slow,
我々は静かにそしてゆっくりと降りてゆく。

Speechless we shall gaze each in the other's eyes.
言葉を失うほどにお互いを目のなかにまで見つめ、

And the speechless silence of happiness will fall upon us..
そして言葉にならないほどの幸福な沈黙が我らのもとに降り注ぐでしょう。

日本語約は筆者。

ロマンティックな詩です。

明日太陽が輝くなかで恋人と再びひとつとなるという意味の詩なわけですが、

さてこの詩は誰がどのようなシチュエーションで詠んだ詩なのでしょうか。

実際に明日、彼女・彼氏に会える事を喜んでいる者なのか、

それともいつ戻るとも知れない恋人を待っている者なのか。


私が聞いた分では前者の解釈が多いように思えます。

つまり明日への希望に満ちた、明るく、ともすれば軽やかな若者の想い。

ヴンダーリヒの演奏はそのような解釈における最高のもののように思えます。

さわやかであり、軽やか、そしてなんと繊細な歌でしょうか。


しかしSchwarzkopfの歌はもっと切なく響きます。

そこには彼を切望する想いが聞き取れます。

やや遅めのテンポ、そしてフレージングにより強調される単語、そしてぶつっと切れるフレーズ。

こうした事が私を悲痛な想いへと誘っていくのです。

心に宿る熱き想いを感じるにつけ、これこそシュトラウスの想いだったのでは?と思わずにはいられません。

「逢いたい」という切ない気持ちが、私を満たしていきます。


2011年7月17日 (日)

「明日」

昔からこの曲が好きで好きでたまらなかった。

男性が歌ったものでは未だ、「これ!」というものに出会っていない。


.

そしてあした、太陽は再び輝くでしょう
そして私の歩いてゆく歩道を照らし
私を再びあの人に会わせ、幸せにしてくれるでしょう
光に満ちたこの地上で...

そして広い、青い波の打ち寄せる浜辺に
私たちは静かにゆっくりと降りてゆく
そして私たちは黙って目をみつめ合う
そして物言わぬ喜びが私たちの上に降り注ぐ...

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